有名な例え話があります。
コップに水が半分しか入っていない?
その人の物事の認識の仕方。性格で変わってきます。
昨日は、私の試験の結果だけブログに記しましたが娘のことは書きませんでした。
というのも、朝になって
「お腹が痛くてトイレから出られない。」と言って結局、受講しにいかなかったからです
この前、嫁とこんな話をしたことがあります。
私「このペースで自立できるの?」
嫁「何が?バイト行ってるじゃない。正社員じゃなきゃダメなの?」
私「バイトに二回か三回に一回は休んでるじゃないか。」
嫁「そんなことないよ。あなたが知らないだけで、結構行ってるよ。」
私「出勤日数と欠勤・早退日数みたの?」
嫁「それは見てないけど…。」
たった2日の研修でも、やっぱり無理でした。私は何も悲観しているわけでも楽観しているわけでもなく事実を言ってるだけです。
最初のコップでもそうです。水が半分ある。もっと言えば200ml入るコップに100mlの水が入っているだけなのです。
それが物事をきちんと見るということです。
さすがに、研修先に連絡もせず休んでいたのであれば私はそこの卒業生になるので迷惑だし、ひとりの人間としてあまりにも無責任だと叱ろうと思ったのですが一報は入れてたようです。
日にちを変更して、また受講するという。
嫁は「1日目だけでも、受けられたのだから進歩したんだよ。」と言う。
私は、「2日で取れた資格も20日以上かけても確実に取れるかはわからない。10倍以上の時間がかかるんだよ?」という。
この研修に行く前に、先日の旅行中こう娘は言っていた。「今の生活が1番幸せだ」とか「バイト三連勤したあとに研修とかありえない」と。
そりゃ、そうだ。バイトっと言っても結局これも3日目には休み。研修も1日休む。そもそもバイトは3時間だか、4時間である。私は?フルタイムで働いて5日働いて、2日研修行って、今日も1日ツアーの案内して、明日からはまた5日働きますが?
もちろん、好きでやってるし生きている。
それを嫁に言っても「19や20歳そこらでそんなに必死で何かに打ち込めてたか」と一蹴される。
じゃあ、百歩譲ってそれでいいとしてじゃあ成人したら一人前になっているかというと、週に10時間程度のアルバイトで生活できるか?というといささか疑問である。
不登校の心理という読み物を読んだが…時間の概念が私とは違うらしい。
私は、基本的に話をするときに数字を挙げるのだがそれよりも、信ずるべきは母の〝無心の愛〟というやつだ。太刀打ちできそうにもない。進歩してるんでしょう。成長してるんでしょう。
別に嫁を打ち負かそうとか論破しようと思っているのではないです。時間は進んでいるし戻せない。当たり前のことだけど、当たり前じゃないんだろうな。
