日本人の悪い習慣だと言われますが…
〝何でも卒なくこなせなければいけない〟という洗脳のような教育を受けています。
私より上の年代など、内申点なんてものがあり主要5科目のほか、音楽や美術、技術家庭科などの副教科もこなさねばならなかった。
果たして、そんなパーフェクト人間いるのだろうか?
そんな風に、育ったエリートな人たちは…
こう思うでしょう。
全部、こなせねばならない。と。
私は、狡賢い人間なので…いつも、いかにやらないで済むかばかりを考えています
たとえば、仕事のツアーにおいて。「ツアーのガイドって本当にいるの?」とか。
ガイドをするということには、あらかじめツアーの下見が絶対的に必要になります。しかし、下見をするということは重要なコストファクターになります
友人にも言われましたが、旅行業の利益構造がわからないということを言われました
確かに、わかりにくいし、これが大手にも当てはまるかどうかはわからないですが…
旅行代金(旅行会社にとっての経費)×粗利率です。
単価の決め方は、この金額を参加者合計で割ります。
あくまで、粗利分の利益が出そうなものですがキャンセルが出ればその日によってキャンセル料が異なり利益が下がります。またここで表立って、計上しませんが、下見に行った費用も経費がかかっています。
理論上、一度作った企画のツアーは使い回しできそうなものですが…
実際には同じ顧客リストであればなかなかリピートは難しくなるのは容易に予測できそうです
となると、新規客の開拓が必要ですが…実際は、そうせずまた別の企画を師匠は作っています。
っということは、使い捨てに近い感じです。
もちろん多少の土地勘や、観光地には強くはなりますが下見に時間と経費がかかるのは同じです

私は、一所懸命にやるより一生賢明に考えるのです。
森岡 毅氏の本にこんな話がありました。
欧米人は、スポーツマンシップを声高に叫ぶと。それは自分たちがそうでもしないと守れないからだと。
日本人は、ルールの中で上手くやろうと考えるが…欧米人は有利にものごとを運ぶためどうやってルールを変えようかばかり考えていると言います。
もちろん、法律を破ることはダメですが…
自分たちの慣習や思い込み、よくわからない儀式のような習わしは変えてもいいのかもしれない。常識を疑えとは、そういうことだと。
別に怠け者じゃないもん