『お金2.0』の中に、もう印象に残ったところがありました。

それが〝ミレニアル世代〟という言葉です。何か?というと1980年代以降に生まれた世代のことで、仕事や人生に対するモチベーションがそれ以前の方と異なるというのですひらめき電球

理由は、1970年代にかけては誰もが貧しい環境から高度経済成長を経て裕福になった世代なので、仕事のモチベーションがもっと豊かになりたい、お金が欲しい、美味しいものが食べたい、いい家に住みたいというシンプルな欲望を満たすことが中心だった。

けれども、ミレニアル世代は裕福になってしまったあとなのでそういった渇望するような欲求がないとえー?

たしかに。私も、ライフワークバランスなどと言ってはガツガツと今の仕事で出世したいとかありませんし、あの車を乗って見せびらかしたいとかもないです。シェアリングエコノミーによって、極力ものは持つ必要もなくなったし、大抵どこでもWi-fiが通じてて暇を弄ぶようなことはないでよね。

モチベーションという言葉は、内的動機と日本語で訳されたりしますがその根源にあるのは欲求になるのです。物質的には満たされてしまっているので、何を頑張っていいのかわからない人たちが出てくるのが仕方ないことだとこの本には書かれています。

 私が真っ先に思い浮かべたのが、娘です。

でも、ある種この社会が悪いのかもとも思えました。だって、引きこもっていても全てを簡潔できます。もちろん、親が食事を与えているとか居住空間を与えていると言われそうなものですが…

生きる目的まで与えてやれるか?という話です。やりたいことが見つかればいいけれど、頑張らなくてそれなりにやっていれば路頭に迷うほどヒドいことにはなりません。学校教育なんかは、軍隊を作るかのように画一的な人間(サラリーマン製造装置)からもあぶれ、まさにそれ(サラリーマン)にすらなれず、やれる仕事もないわけだ。

一応、やりたいことが皆無な訳ではないのです。娘曰く「子どもが好きだし子どもに関わる仕事で保育士という選択肢も考えるが、持ち帰りの仕事も多く給料も少ないからやるまでもない。」というのだ。ある意味無駄な努力をしないための情報収集はしているとも言える。言い換えれば自分には、そんな環境で努力できるほどの熱量がないことを理解している。そう思うと責める気にもなれない。



 ミレニアル世代を代表するマーク・ザッカーバーグが言ったという

「自分の人生の目標(意義)を見つけるだけでは不十分だ。」

ミレニアル世代の僕らにとっての課題は

誰もが人生のなかで目的(意義)を持てる世界を作り出すこと」だと。


これを聞いて、どう感じるかは年代で別れると言います。

私は、半分は正解で半分は甘えるなとも思います。ただ、普遍性よりも個別性を優先してきた社会の移り変わりはきちんと理解しておくべきであるという事実。そして、もし自分が誰かと仕事をするのであれば自分よりも若い世代になるはずである。そう思うとどういった向き合い方が必要かは自ずと見えてくるような気がします。