職場の主任と話していたとき、こんな話になりました。

「先日、年末〇〇先生とお会いした時にあなたの自己肯定感は何%くらいですか?って聞かれたんですよ。」と。

 さすが精神科ならではの話だなぁと思った訳ですが…。

 私も、自己評価は低いけれど…この自己肯定感は高い方かと思います。

 調べてみると、自尊心、自己効力感、自己存在感、自己受容等々、さまざまな意味合いで受け取られ言い換えられる言葉だと言えます。

 なんの本だったか忘れたので、確実ではないかも知れませんがこの自己肯定感が幸せの尺度であるみたいな言葉が頭の隅で残っています。

 

そもそもなぜ、こんな話しを主任としたかというと先日辞めたスタッフの話からです。

 仕事を辞めるその時まで

「こんな職場で働いていたことが恥だ」と言っていたコだったからですえー?

私は?同じように辞めます。

が、その人より短い期間しかいませんでしたが仕事もしていましたが他に3つの資格も取れ、看護師としてはあまり成長できなかったりかもしれませんが、以前も述べましたように〝私という存在そのもの〟の市場価値が上がっているように思えます。

 ひとえに何が違うのか?

マインドだと思うんです。

 最終的に私も仕事を辞めるという選択はしていますよね?実際、これを遅らせることも出来ましたが、早めることもできたはずです。

 権利は自分の中にあったはずなのに、使う使わないを選んでいるのは他ならぬ自分自身なんです。

それを自分が行使するか、やぶれかぶれで追い詰められてやるから誰かのせいにしたくなるのですかね?

出来の悪い自分なりに頑張った。

いろんな人から助けられたけれどやりきった。

自己評価が高過ぎると、

出来のいい自分ならもっと上手くやれた

とか思ってしまうのでしょうかね?

そう思うと、自己評価と自己認識のズレから苦しんでしまうものかも知れませんね…。

よく、プロのスポーツ選手なんかが言いますが

「私を支えてくれた方に感謝しています」と。

現在の自分がいるのは、もちろん自分の努力や失敗もありますが、それを指導してくれた方や、そもそも産んでくれた親、影響を与えてくれた友人やライバルなどなど無限の要素があって自分のそのインタビューに立つようなステージに立たせてくれているのだからただ、感謝しかないと。

 人間1人の力なんてたかがしれています。

個を大切にする世の中になってきたからこそ、反対にコレにいち早く気付ける人間こそ強くなれるかもしれませんね。