やっとです。
やっと、失業保険が通帳に入りました。今月末からだと思っていたのですが、支給そのものは今月の半ばからということで約半月分が口座に入りました
昨日のブログは、たぶんよくわからない人にはわからない内容だったと思います。結論も書かなかったし。ただ、このブログは私の備忘録なので勝手な形でやってます(笑)最近、ブログを増やしているのは実はYouTubeをストップしているからです。目標100本でしたがヘタレなので志半ばで中断で…たま〜に書いたブログをフォローしてくださる方がいますのでちょっとは書かないと申し訳ないなぁと思って
自分の中ではアウトプット自体はかなりやってますので本当にパフォーマンスやエンターテインメントみたいなものと思って下されば幸いです。
さて、昨日は市政の話をこちょこちょっと書きましたが…冒頭にも書きました通り失業保険をいただきました。その前から子どもの保育所の年度の契約更新があり、ハローワークの方ではお世話になることが多い今日この頃です。直近では、二回連続で同じ女性の方が担当をして下さいました。
すごくテキパキとした方で、好印象でした。前回なんて、私の引いた整理券なん軽く20人待ちぐらいだったので現場はクッソ忙しかったと思うのです
(いつもお役所仕事だとか言ってごめんなさい
)無駄話もないけれど、小太りのおばちゃま何ですがテキパキしていて、対応も良かったので傍目にも仕事を好きなんだなぁと感じさせられました。
昨日の維新や市の廃止の話に戻ると、政局の問題が本質ではなくって…
言いたかったことって
タイトルの〝べき〟論って意味がないという話です。
市長や、その他会社の経営者が変わると無意識に思っているのではないでしょうか?
そもそもトップダウンで、
上司から「やれ、生産性を上げろ」とか言われても物理的に無理なことを、
今の時代なら部下も「ここは、ブラック企業だ!労基に訴えます
」とか「パワハラだ」って言われて、部下の立場でも言うことを聞かなくなったんです。
」とか「パワハラだ」って言われて、部下の立場でも言うことを聞かなくなったんです。権利という意味では平等で、階級社会の崩壊しつつあるんです。
景気が上向きであれば、上の命令を聞いて言われたことをやっていたら景気と同じ程度には豊かになったんでしょう。
でも、景気が低迷したら上の命令を聞いても言われたことをやっても豊かにならなかった。それがずっと続いた。
それが失われた30年ではないでしょうか?
その言われたことをやっても、結果を出せなかったが続いて上の言うことを聞いてもなぁってなったのではないかと
そうこうしているうちに上も下も境界が曖昧になってきた。
でも、上の人は、下は言うことを聞くべき。
下の人は、上が適切な答えを知っていて導くべき。と考えている。
そもそも、この〝べき〟がただの固定観念で間違っているんではないでしょうか?
誰も答えなんてわからないんです。
だから、間違えながらでも進むしかないんです。
進めば間違えた方法がわかるというひとつの経験が得られます。
まさに世紀末とは、自分の目の前の敵(問題)を拳で倒すしかないんです。誰かが責任を持ってくれるとか助けてくれる世界ではなく、一人一人が目覚めるしかないのではないか?ということです。
ハローワークの職員さんが、私には輝いて見えたのは現場の中でそれを実践しておられるからです。
サラリーマン金太郎の作者、本宮ひろ志さんのヤンジャンの今の作品。『僕、いますよ』なんてその最たるです。過去作、金太郎のようにバシバシ気合や根性や閃きで人生切り拓いていくような主人公が歓迎されていたのです。ちがうんです。それは昭和の幻想だったんです。たまたま時代に乗っかれて、自分が切り拓けた気でいた。
今の風がないような凪のような世界。コロナのロックダウンで時計も止まってしまった。そんな中、名もない花のように、それぞれの持ち場で精一杯輝いていこうというのに気付き始めた人が行動している。そんな人たちが増え始めているのではないでしょうか?
〝べき〟論はただの立場主義で行動によって消えていく。他人を変えようと努力するよりも、まずは自分の行動を変える方が100倍楽だ。30年かけても変わらなかったことをまだ誰かに期待して続けますか?
いまだに某ドラマみたく巨悪に1人の正義漢が立ち向かうみたいな事を観て喜んでいるが…
みな、今までのままだとダメだと気づき始めてるように感じます。旧体制にしがみついている人は、恐ろしいところまで時代によって流されていくんでしょうね。