さすがに四連休中には、行きませんでしたがボチボチと畑には行くつもりです…(きゅうりとかお化けサイズになってるんだろうなぁ
)
突然ですが…農作業において私が苦手な作業があります

それは
脇芽とりです。
つまり、選別ということになるのでしょうか?
枝葉は自然に生えてきて、何より生産性があるんです。
ここでいう、生産性というのは光合成ということになるのですが…。
例えば、ナスの苗で話しましょう。
前回のブログに書いた、美しい畑のおじさんのと比較しますと…
私のナスの枝は、剪定していませんでした。
だから、枝葉を横に横に広げて葉っぱも少なくとも30枚くらいあります。あちこちの枝で花が咲いています。つまり、そこで実がなるのですが…ちっちゃいんです。花も栄養が足りないのか、実をつけず枯れるのも多い。
おじさんの畑のナスはどうかというと
まず、苗の背が高い。葉っぱは10枚くらいしかないくらいに剪定されています。そして、つけている実がすごく大きい。
ここから何が導かれるか?というと
私の考える、たくさんの小さな枝葉の生産性は実の数(結果)に対して少ない。そもそも、葉にも栄養という名のコストが必要。
生産性➖コスト=実
おお!簡単な式に表せた。
でも、ナスの立場から考えると…
枝葉を横に伸ばして、小さな実でもたくさんの種を残したい。それが生存本能だと考えると
実をたくさん収穫したいのは、人間の都合なので自然はそういう形にはならない訳です。
だから、恣意的(能動的)といってもいい。脇芽を刈るような行動が必要なんです。
先ほどの数値を細かく分析すると
葉が大きければ大きいほど、生産性は確実に大きくなるのは…葉緑体の数とかで容易に予想できると思います。
枚数も同じです。大きければ大きいほど、生産する設備数が増えるから、生産性が上がります。
しかし、ここでコストの視点から考えると
葉っぱが、生産を維持するために使うコストは数が大きければ大きいほど使うのは
実の大きさや、数という結果から考えられるのではないか?と言えます。
別の観点から話しましょう。
庭師さんってなんでいるか知っていますか?
なぜ、葉の剪定が必要な理由って言ってもいいでしょう。
実は庭師さんは、葉を剪定することで木が最大限日光を吸収できるように重複している部分を選り分けています。
またそうすることで、病気を防ぎます。日光に当たらない部分は虫がついたら病気に罹りやすいというのです。
豪雪地方であれば、雪の重さで枝が折れるのを防ぎます。
つまりは、
自然に伸びたら伸びっぱなしでも良い状態とは言い切れないのです。
私が、脇芽を刈るのが苦手な理由の一つにどうしても葉は生産性が高いというイメージがあるからです。
確かに生産能力はあるのでしょう。
しかし、枝を落とさないと花が咲き、実が同時になります。実は栄養を作るというよりは…重コストなだけではないでしょうか?
そうなると
収支分岐点で、生産エネルギーが追いつかず実が付かない。
けれど、脇芽を故意に私が刈らないのは意図的に葉っぱは取ってはいけないという〝我〟を優先しているに過ぎないのです。
何で?って聞かれたら
それが、正しいって信じていたからです。
今は違いますけどね〜
そんなことっていっぱいある。
気付くか気付かないかは自分次第。そう私は考えています。