昨日のブログに〝得させっこゲーム〟のフレーズを入れました。
私が、過去に書いたブログでは
その人が、その人の役割を果たすことだ…。みたいなことを書いたことがあります。
立場として職域を十分に果たし、事業主はその報酬を与える。と。
給料はもらえるのが当たり前ではなく、稼ぎ出すことが必要とか。
得させっこって表現はわかりやすいですよね。
でも、それは理想で簡単にはいかないって事です
それを他者に強要するのはいかに雇用関係があったとしても難しいのです。
そのことをいつも強く思わされる娘を見ていてです。
先日も「10万円の給付金の用紙きた?」と嫁さんに尋ねていました。
2月頃から新しくバイトを始めて1ヶ月かそこらで非常事態宣言で休みになりました。
当初、休業補償されると喜んでいましたが…
現実は2万円ほどしかもらえなかったそうです。
だから、10万円のお小遣いが欲しくて欲しくて仕方ないようです
世の中、そんな甘かねぇよ…
って私は思うのですがどうでしょう。
そもそも、家に生活費を1円足りとも入れていないし、車のガソリンもエアコンも使いたい放題。稼いだお金全部が自由に使っていいという環境ですら当人は「働く意味がわからない」と言います。
娘を一言で表すと、無味無臭です。悪く言えば空っぽだと私は感じます。
でも、それは個性です。
恋愛マンガはあんまり好きでない私でも、ついつい読みたくなるマンガ。
久保さんは、学校のアイドル的存在。その久保さんと対照的な、存在感0の主人公を久保さんだけが意識しているというお話。
それと同じ。
だから、我が家には訳ありの子がよく集まってきます
つい先日まで、約1ヶ月泊まりに来ていた女の子は高校の同級生。離婚した父親についていっていたが、再婚を機に新しい母親とは折り合いがつかず上京しているような子。
大手事務所のアイドルをやってる子もいます。
人って、自分の与えられているものに自分では気付かないものなんです
与えて、与えて、与え倒されていても気付きません。
日本に生まれただけでも、内戦が起こっているような地域の人に比べて自分たちがどれだけ恵まれているかわからないのです。
だって、未来へ選択肢の数が雲泥の差でしょう?
チャレンジするチャンスがあるのにミスミスそれを放棄しているんですから。
それを言ったところで、本人がそれを実感しなければその選択肢もないようなものです。
そんな人がいっぱい。
私は、その摂理のようなものをこれでもかってほど見せつけてられているのね。
ただ、思うんです。
誰かから与えてもらって、与えてもらって生きる人…
例えば赤ちゃんがその最たるですよね?
それって幸せか?って事です。
うんちが漏れて気持ち悪くて泣いているのに、親はそれを察してくれず「お腹空きまちたね〜。ミルクにしましょうね〜
」と言われたら、お前ぶっ飛ばすぞ
ってボスベビーなら怒るでしょうね(笑)ミルクが欲しくて、泣いていたとして、その温度がちょっとだけ熱くても口の中に無理やり突っ込まれるとしたら…
」と言われたら、お前ぶっ飛ばすぞ 私は嫌だなぁ。でも、伝える言葉も出ないんです。
仕事しなくて、国がお金を多少くれるって期待してたら思ってたより少なかった。じゃあ、その欲しいお金の分働いたらいいじゃん。
女の子だから、最悪結婚したらいいって言うけどそんな自立性もなく旦那におんぶに抱っこの生き方なんて…そこに愛がなければパパ活みたいなものじゃね?
お腹が空いている人に魚を与えるよりも、魚と捕り方を教えてあげたらいいという話。
魚の捕り方を覚える努力もせず、身を動かすこともなく、汗もかくこともなく、ただ、魚をくれってしか言わない人間も確実に存在するんだって事実。
自由な価値観という言葉の元、無限の選択肢の中で判断の基準や信念もなくそこに無限の混沌が横たわっている。
結局、その混沌の中で…自分の足で歩いていく。そのためには、歩く意思がなきゃ。幸せになるためのエスカレーターや迎えの馬車でもくると思っているのだろうか?
どんなに口を酸っぱく言ったところできっとわからないし、伝わらない。結局、自分の生き様で証明するしかない。
やっぱり人は自分で自分を変えようとしないと…
堂々巡りですね
