昨日、職場であったことを夕食の時に話していました。
が
嫁に「あなたって、ずっと文句ばっかりよね?一生そこに骨を埋める訳でもないのに自分に出来ないことをどうこう言うのってどうかと思う。ほっとけばいいんじゃない?」と言われました。
果たして、そうだろうか?
私はこう返しました
「自分も職場の不満を言ってない?」
嫁は
「私は、文句言ってる自覚があるけれど、あなたはないよね?」
うーむ
たぶん、私には一生理解できないと思うのです。
私がしているのは、あくまで問題の抽出です。
例えば
めちゃくちゃ仕事を出来ない人がいるとします。陰に隠れてコソコソ。下手すれば、お客さんにとって不利益なことをする可能性があるかもしれません。その可能性が極めて高く、それを上司が把握していて、何故自分の監視下や、個人で仕事をする部署に配属するのか再配置などをしない理由は何故なんだろう?って話をしたとします。
問題つまり不具合がある話しをして、その問題解決を出来ないか?ってはなしをしていても、その問題点が人の非難や不満の部分しか感じられない…つまり
問題解決や対処法の話ではなく、感情的な部分しか理解出来ないのです。
そして、大人になれ!割り切れ!
っと嫁はいうのですが、不満だけを言ってて解決しようとしないのだから…そもそも問題を直視してないよね?って私は思うのです
結局、交わる事はない特徴なんでしょうね。
たぶん男と女の違いではないと思うのです。私のような人間の方がマイノリティかと思います。
例えば雨が降っているとします

雨に濡れて不快だなぁ、寒いなぁなんて思うでしょう。
問題は雨です。直接、雨を止ませる事は確かにできません。
ですが、雨の避け方はありますよね。傘が置いてあるお店に買いに行くとか、雨宿り出来る場所を探すとか。
そもそも問題を解決することが不可能と考えて、考えることを放棄している人からすれば私が解決方法を考えることさえずっと文句を言っているように思うようです
たぶん価値観とか、考え方の違いなんです。
でもね、私からしてみれば嫁のようにその職場を選んで居続けると心に決めているのなら愚痴を言わず取り組むべきだと思うのです。だって、変えようとしないのは自分だし、変えられないって決めつけているのも自分です。
私はそれが我慢ならないから、自分でどうにか出来るように起業したいって考え行動しています。
雨に降られて、その中で突っ立って、ただ文句を言い続けている人間。それともどうにか雨を避けられる方法がないか考える人間。どちらがポジティブでしょう?
それでも、私の考え方が理解されることの方がずっと少ないだろうと思います。変わることには不安が生まれ、変わらないことには不満が生まれる。経営者よりも安定を求める従業員の方がずっと多いから。
きっと、これからもこの問題にはずっと向き合っていくんだろうなぁ
で、考えることをやめた人間に文句ばかり言うなって言われるんだろうね
そんなこと言ってたら、新しいアイデアも商品も生まれない。既存のものが全てになってしまう。
まぁ、これも一つの宿命なんでしょう。