先日、家に何冊かの専門学校のパンフレットが届きました。
映像とか、芝居、メディア関係の、言ってしまえば誰でも知っている花形のようなお仕事の学校です。
娘が取り寄せたようです。
嫁さんが言うには、とある女子大生でアイドルをやっている娘のオタク仲間から会社を立ち上げたいから一緒にどうかと誘われたらしいのです
誘ってもらえることは、本当にありがたいことだと思いますが…人徳だと思います。
でもかわいそうに。娘は何者でもないのです。馬鹿正直に他人の夢でも必死に乗っかることも出来ず、自信のなさの現れから、学校を探して何者かになろうとしています。
が、残念ながらその程度でなれる世界ってたかが知れているんです。周りにどう評価されているか?そればっかりが気になっているんでしょうね…。
先日、斎藤工さんの番組を観ました。
知りませんでしたが、彼の父はそういうメディア関係の方らしいですね。だから、自分もなにか表現できることを探して単身金も持たずにヨーロッパに渡ったと言います。
昨日も書きましたが、自然の流れですよね。
表現したいものがあるから、スキルや技術云々ではなくヨーロッパに渡りモデルとしてデビューしたと。今は、映画を作ったりしているみたいですね

うちの娘なら、まずそんな下宿暮らしや一人暮らしがまぁまずできません。それが出来るほどの情熱があるならとっくに海外留学行ってるでしょうよ。
学校に行くための資金を貯めたり、勉強したりのたった一の努力ができません。
外に視線を向けるのはいいのですが、己を知ることが大事なんです。自分を知らないから、自分の悪いところも変えていけないのです。
かわいそうですが、最終的には裏切りを受けたと言って諦めるんだろうなぁ
友人が想像していたより、仕事を頑張らないとか結果を出せてなくても自分とは向き合えないから、いつだってそれは相手の裏切りと評価すると思うんです。こっぴどい状況になってやっと自分と向き合えたりするんだろうか?なってもないのに想像でそんなことを言うなとか言われそうですが…
かくいう私も他人の事ばかり言ってられません。
これまでの〝我〟には、私も社畜根性のようなものが根深く刻まれています。人と話したり、こうやってアウトプットを通してできていない事や、避けていることなんかを再確認したりします。
あれしなさい。これしなさいの指示待ちではダメなんです。
ケーキ屋さんがケーキを作るように、店のオーナーは店作り屋にならないと。新鮮な材料が足りないとか、道具がないとか、人がいないとか現状に文句を言っていても始まらないのです。現状を変えるべく新しい一手を考え続けなければならないのです。やりたいことがあって、できない理由をつぶしていく。そのためには、自分と向き合って、自分を変えていくしかないのです。
私も、今少しずつ変わってきているように強く感じます。
同じように、私には娘にとって芸能人や有名人がどれだけ素晴らしいと感じているかは計り得ないけれど、その人のために自分の人生を賭けられるくらいの気持ちがあればいいのになぁと願うばかりです。そうすれば、きっと頑張れるはずだから。それに必要なのは学校という場所ではないのです。