昨日、職場に挨拶に伺って参りました。実は、14日にも行ってきたのですが…うっかりと子どもの保険証を返さないといけないことを忘れてしまったので二度目です

一度目行った時には、理事のオババさまにはシカトされた様な感じだったので…クッソ〜とか思っていましたが、昨日は
「いい人が来てくれたと思ったんだけどなぁ。(辞めると)決まったことだから言っても仕方ないけれど、他所に行っても頑張って下さい。」
と言われました。
ありがとうございますと一礼をして私は、前の職場を後にしました。
帰りの車では、私は複雑な気持ちになりました。
(もう少し、職場に残る方が良かったのだろうか…)
すぐに迷いは吹っ切りました。
タラ・レバの話です。もしもも何も、もう退職届けも出せば新しい職場も決まっている。その時はベストだという判断をしました。
だからこそ、今は書き物の仕事も始めてますし、先日もツアーの仕事を一つ完成させた。
向くべきところは前だけなのだ。
ただ、一つ思い返していいのは〝感謝〟の気持ちだけではないかと考えました。
たしかに経営も管理もちっとも行き届いていませんでした。だからこそ、私は労働力という名の人としての体力の様なものをギリギリのところまで搾り取られるようなことはありませんでした。おかげで、国家レベルのライセンスを2年弱という期間でフルタイムで働きながらも3つも取れたのではないかと思うのです。そんなゆとりが新しい職場には非常勤としていて入っていてもあるか無いかというと正直難しいと思います。
最近は帰ってきた頃にはクタクタで、22時くらいには寝てたいし朝も体がバッキバキに痛くて起きるのも億劫になりますもん
斎藤 一人さんの『変な人が書いた成功法則』でこれまた昨日読んだところにこんな事が書いていました。
「あの会社の方がいい」
と言うのはいけないのです。
ここでよくなる方法を真剣に考えて、それでもよさが発見できない場合は会社を辞めてしまうのです。
「でも、会社を辞められない」
と言うのならば、それは会社の問題ではなく、自分自身の問題です。自分がぐずなだけのこと。
その会社も、人間がいるのにふさわしいぐずな会社なのです。
会社を好きになろうとしていないのなら話は別です…
と続きます。
まだ結果こそ出るには、短い期間かもしれませんが私の場合、新たな仕事ができているので総じて「よかった」と言えるのです。
つまらない会社にいたからと理由にするよりは、つまらない会社でもそこにいたおかげで現在(いま)が楽しい、素晴らしい人生だと思える方がもっと豊かな人生かと思います。
オババさまは私をシカトしたんじゃない、高齢で耳が遠くて対応してくれた受付の人の声が聞こえなかったんだ。だから、昨日は話しかけたら聞こえたんだ。そして、私に優しい声をかけて下さった。その言葉を聞くために子ども達の保険証を持っていくのを忘れるという二度手間をかけたのだ、と。しかも、自分は会社において役に立てていたという評価まで頂けたのですからこんな嬉しいことはない。
もう、忘れ物はないはず。さぁ、前へ、前へと次に進もう。