子どもが小さい頃は何でもやりたがりますよねねー

微笑ましくもあり、厄介でもあります。何が、厄介かというと親が最後は責任を持つのだから。例えば料理をひっくり返してこぼしてしまうと親が片付けを手伝うハメになります。

 
 昨日も、仕事の打ち合わせをしながら色々雑談をしていて…

 やはりというか経営の話をします。 
友人の個人店の店長さんはこう言います。

「やっぱり、儲かってるところは人を使って上手いことやってるところですわ〜。センスが違うよね。」と。

 それを聞きながら、それってセンスなのかなぁ?とどうしても思ってしまうのですうーん

 冒頭で述べたよう、親(のような熟練者)からみた子ども(のような従業員)の失敗は少なからず、それを任せた親の方が責任を持たねばなりません。じゃあ、それが嫌だから自分で全部やってしまう。だけなんだと思います。

 視点を変えると、自分に絶対の自身があるとも言えないでしょうか?

だから、自分以外の誰かに任せたくない〝信用〟してないと言えないでしょうか?

 〝センス〟って言葉を使えば、自分にはどうにもできないもののように思えますが磨くことはできるとも言えます。

 そもそもです。従業員を使うという考え方が好きになれません。


松下幸之助の言葉に

 百人までは命令で動くかもしれないが、

千人になれば頼みます、

一万人にもなれば、

拝まなければ人は動かない。

という言葉を残しています。

人を使おうって思っている時点で、すでに相手に対する尊敬や金で動くんだろう?って気持ちが内包しているように感じます。


 逆に、簡単に金で動くような人間を心から信用できる?自分の店で、お客さんに粗相しないか気にならない?


だったら1人で…。ってなるんでしょうね。

 金持ち父さんのロバート・キヨサキが、ビジネスを持つのは簡単だけれど、そこからSを抜くのが難しいといいます。Sとはすなわち(self)です。

 自分が居なくても回っていくビジネス形態を作れなければ、どこまでいっても個人事業主の枠組みを抜けられないのです。

 そして、ロバート・キヨサキは続けていいます。

ビジネスオーナーとインベスターでなければ、豊かになれないと。ビジネスオーナーは、人にお金を払って仕事をしてもらって儲けを出す人。インベスターは投資家。伸びそうなビジネスそのものにお金を使って儲けを出してもらう人。大きく言って、レバレッジの掛け方が違いますよね…ぼけーそして、お金を働かせて自分の時間は使わない。まさに自由。私はそれこそが豊かさだと思います。


 そして、これは脱サラ組みの私だから思うのかもしれませんが…

スタートが自営から始まると、その自分のペースが快適過ぎて人に乱されたくなくなってしまうのかな?と思います。少なからず会社勤めをすると、資本主義経済である以上…オーナーの給料は人を余剰に働かせた分を差っ引いているのだから程度の違いはあっても多少なりはブラックなところはあるのではないでしょうか?

私は、父と仕事をしたいと思った時点で自分(self)をどうやって抜こうか?そればかり考えています。そこに娘までやってきました。個人事業で、最初っからガンガン儲けられるとも思っていませんし…自分も含めて、全ての人件費はコストでしかありません。儲かったら人を雇おうと考えている人と、儲かる前から人を雇って動こうと想定している人はビジネスモデルそのものの展開も違うと思います。


人のことを偉そうに言えませんが、どちらがえらいかではなくそれも経営者という職種の中でも色々あるのかとは思いますひらめき電球