三連休、もともとは11月のツアーの下見に行くつもりでしたが…何も台風の軌道を追うようにして車を走らせるのは、前回の四国のときに嫌と言うほど思い知らされているので中止しました
その分、子どもが小さいのでめっきり上がらなくなった二階の自室で道路交通法のテキストを読みふけるのでした
合間、合間にマンガや本を手にとって気分転換に読んでいました。
昨日、図書館で読んだという松下幸之助の本の内容もちょこっとブログに書きましたが〜
こんな内容もありました。
「10人いれば10の心があり、100人いれば100の心がある。それを知ろうとするのであれば、それぞれが書いた書物を読まなければならない。そんなこと物理的には不可能だ!」と。ある研究員が言ったそうです、それに対し松下幸之助は「確かにその方法では不可能だ」と言います。しかし、「それは全ては実社会で起きている」と言います。
心の機微とでもいいますでしょうか?
私が、本を読むのには人の考えや心を識るためです。確かに時間はかかりますが、どうでしょう?飲み歩いて語り明かすのに、一晩で語り尽くせるでしょうか?ましてや、酒の入った頭で十分明確に伝えられるか?とか。反対もまた然り。気分が大きくなって、大げさな表現になったりとか〜。
そういうと、言葉自体にそもそも「ん?」ってなってしまいます。
普段から、精神看護という仕事をしている私にとって〝言葉〟は非常に大事なツールであります。
なぜなら、例えばアルコール依存のある方はこちらがわかりきっていても「飲んでない。」と言います。わかっていても、嘘ついてるだろ!なんて口が裂けても言えません。じゃあ、全部疑っていてはもはや話になりません。嘘をつく真意は?と考えます。これは一例に過ぎませんが…
話を元に戻しますが、基本的に本を読むにしても面倒なので最初からは疑いません。もっと知りたいと思えば、次の作品を読めばわかります。大事な〝核〟は著者の中でいつも同じで…整合性が出てきます。
それを、現実世界の営みだけで読み取れるってどんだけ〜って思いませんか
それを洞察というのか、なんというのか…
私は経営者の友人たちの話を聞くと、みな揃って自分たちの生きる世界を素晴らしいと話してくれます。
消費者理解からくる全能感、社会貢献からくる所属欲求の達成?そして、たぶん組織にしがみついていなければ生きていけないというしがらみからの解放でしょうか?
池水に
かげはさやかにうつれども
手にとりがたき
冬の夜の月
これは、私が四国に行った際こんぴらさんの狛犬御籤の結果に書かれていた内容です。
願い事は、思うに任せず目に見えて早くは叶わず。
と。
自分が思ってたよりも早くは結果出そうもないらしい…
明日からのしんどい毎日がまた始まるけれど、どんな環境にあっても学べることはある。と思えるほどにリフレッシュできたかな〜
