今日は、嫁の家の方の墓参りに行ってきました。色々とひと段落がついたことを報告した。(職場恋愛だったのですが、)嫁と付き合い始めた頃、自分たちが勤めいた病院に嫁のおじいちゃんもお世話になっていたので面識もありました。そのおじいちゃんも今はお墓で眠っています。嫁のお母さんも早くに亡くしているのでその墓参りです。

私は正しい選択を出来ているのか?この人たちに顔向けできるような生き方を出来ているのか?やはり背筋が伸びる思いになりますうーん

 飲み会で、こんな話が出ました。
「腰痛看護師さんに、その気があるのであれば知り合いに事業所を開いたという人がいます。あなたのことを話もしているので興味があれば紹介しますよ?」といった話です。

  私は丁重に断りました。

私が医療に携わる人間だから知っている事です。どの分野もテクノロジーや国の財政や経済状況で影響を受けたりしているでしょうが、こと医療に関しては医療費というのは、サービスがいいからと言って皆保険制度である日本において…たくさんお金を払うからいい治療(サービス)を受けるとか、基本的にはないはずですえー?負担額は、ある程度一定で同じ医療を大多数が受けられるのはユーザー目線で言えばいい点ですが、ビジネスとしては?となります。国が補填していても、首が回らないくらいに医療費はかさんでいるのは火を見るよりも明らかで〜、じゃあ生活保護で10万円程の月収の人に病気になったら自費負担を8万な!と言ったらもはや〝死ね〟と言われるも同義です。入院していても、例えば家賃は払わねばなりません。集合団地でも3万円ほどの家賃はかかるでしょうし、入院中の食費は別だったり。じゃあ、国の財政は回るのかというと…。となると、事業主である病院に締め付けが行きます。

これを私はルールの改定だと思います。否が応でも従わざるを得ません。医療は、病院施設より在宅をとなっていますが…次の一手があるとしたら、そもそも病気にならないために病気を予防しようとなったら今は在宅の医療に関わる事が優遇されていてもそれこそ、スポーツジムであったり健康食品だったりが優遇されるやもしれません。しょっちゅう、保険点数の見直しが行われているので、医療関係の事業主は自己努力ではどうしようもないリスクを負わざるを得ません。サービスの内容ではなく、サービスに対してこの保険点数が決まってしまうので…例えば自転車でいうところのパンク修理が500円と決められたら500円しか料金は取れないのです。国に450円に下げられたら450円に従わざるを得ないのです。利益にして10%下がっていてもです。超高齢化社会化が進むなか財政的に医療費がかさんでいるのも誰もが知っていることだろう。

 パイがあるから仕事がある。成功できるではなく…食いっぱぐれないだけなら、正直雇われて仕事をやっている方が楽だと思うのですぼけー

 私は、そこまで説明するのは面倒なので「好きな事だから開業したいとは思いますが、それ以外は別に〜」と答えています。

 心の源泉、源流ってどこから来るのでしょうかね?

私は自分の家系のルーツなんかも話してみましたが、結局のところよく感じるのが食っていくので精一杯という人をよく感じますアセアセですが、そういう人に問いたくなるのが本当にただ食ってくだけつまり家計の運転資金がどれくらいか試算しているかと問いたくなります。生きがいもなく、生活水準も低く、その生活にずっとしがみついていようとするのはおかしいとすら思います。この国が発展途上国で貧しいのならいざ知らず遥かに豊かな国なのだから、自分の頑張りや行動いかんで変えられるのに変わろうとしない。

職場の同僚も、私にそんな仕事があるなら私に進めるのではなく自ずから進んでやってみて良かったとか説明してくれないものかと不思議になるショック一体なにが違うのだろうか??やはり私が変人なのだろう。

忘れちゃならないのがやはり嫁の存在か?
私と変わらない年収もあり、下手したら上か(笑)そのおかげでリスクマネジメントになってる訳で。そう思えば、やはり嫁のご先祖様たちにもますます頭の上がらないのである照れ