友人のブログを読み私の場合はどうだっただろう?

中学生の頃の私は勉強もスポーツもできました。いろんなジャンルにそれとなく精通していたので、話題が合うと当時はキモヲタと呼ばれる人も分け隔てなく自分で言うのもなんですが…人気者でした照れ

 そんな私が、所属するのはバスケットボール部。〝スラムダンク世代〟の私たちには人気急上昇中のスポーツでしたにやり小6から始めた私は、その一年で一番成長したと顧問の先生に褒められ中1に上がっても上級生試合のベンチに入るくらいです。練習も必死にしていましたが…中2で部活の状況が激変。顧問の先生が受験生である3年生担当の先生に。誰も練習は見にこないし、不良の溜まり場にぼけー暴力沙汰が起きても、お咎めなしの先輩もビビる同級生がキャプテンに。別に私は彼とも普通に話せる中でしたが、ある日態度が変わります。同じ部活のアホなやつがバレー部の女の子にこう聞きました。「あのクラスだったら誰がいい?」そこで、選ばれたのがまさかの私たちアセアセ話したこともないのに。今、思えばですがバレー部の後のキャプテンになる子です。めちゃくちゃデカかったので、学年でもまぁ大きい方だったから選ばれたのかも知れませんねにやりそれともこの…


甘いマスクが問題だったか?(笑)



しかし、不良の彼は本気でとったようで…笑い泣き嫌がらせを受ける日々。不思議と部活を辞めるのに何の抵抗もなかったです。ただ、自分の中での大きな柱を失ってもケロっとしてる自分が自分でも嫌になりました。スポーツも勉強もできても、その分野でナンバーワンではないのです汗情熱もない。それなり。だから、単純に好きなことを貫ける人の方がよっぽど輝いて見えた。いつ間にか、誰にかわからない劣等感と…それを理解してくれない周りに孤独感を抱えることとなりました。その後も、バスケ部とソフト部の女の子に告白されるようなことがありましたが…私の中では、先ほどのバスケ部の不良をずっと好きだった文系眼鏡っ娘が好きだったのに気付いたのは彼女が転校してからでした笑い泣き

 恋愛の面で、うまくいってもうまくいかずとも結果を出していたらこんな自分でも受け入れてくれる存在に他者を通してですが気づけたかも知れない。ですが、そのままズブズブと劣等感の沼に沈んで、こんな自分のことを好いてくれる人間なんて…反対に自分のことをわかってくれない人間と大っ嫌いになりました。

冨樫の『幽☆遊☆白書』の幽助のように、男ならたりらりら〜♪って感じに戦って、戦って…と男同士で遊んでる方がいいや〜っと男子校に進んだのも必然だったように思います。

 そこでも、オタクも頭のいいのも寄せ付け面白可笑しく過ごしていましたが〜

 過去ブログにも書きましたが、獣医師になりたかったのになれなかったのもまぁいい経験です。人生の挫折というかますます劣等感が深まりました。

 人に囲まれているのに孤独。そんな気持ちは私には痛いほどわかります。だって、皆が私といて楽しいから一緒に居てくれてるのかそれとも独りが嫌だから誰でもよくて一緒にいるのがいいかなんて区別出来ないから。

しかし、今この劣等感こそが私の一番の武器です。だから、向上心を持てています。

認識が変わったのでしょうね。人に囲まれるのも、その劣等感からか相手を尊重できます。偏見もなければ、見下すこともない。そういうものじゃない?とその人の個性を尊重できる。「変わっている」と私が思うことは、人が選ばない道を選ぶからだ。皆が安定した、公務員になりたい時代に経営者になりたいなんて別に奇をてらってではない。

その劣等感が原動力の向上心だからです。いつも、この手にない何かを求め続け策を練り続けるのが楽しい。上手くいかないとどうする?という不安よりも上手く行くためにはどう工夫する?ということを考え実践しないと気が済まないのです。


昔、なんかのカード系のゲームでこんなフレーズがありました。

「対戦時間は、何分。デッキを組む(準備の時間)は24時間と。」

 でも、これってゲームだけの話ではないのです。

相撲も陸上なんて数秒で決着つきますよね?でも練習は何十時間、何百時間と試合まで稽古や練習をしてます。

 マイノリティな生きる道を選んだ時点を私は自分を変わってるなぁと思いますが、面白いとも思います。そういう意味では弱い自分を受け入れていますし、強くなれると信じていますニコ