『アドラー心理学』をここのところ読んでいます。内容は、さっぱり覚えてないと言いながらも端々でそこに書かれていることは自然に考えられる。

例えば、先日もとりあげましたが…

「変わるには不安がともない、変わらない人は不満を言う。」それを打開するのが〝勇気〟で、アドラー心理学は勇気の学問だと。

 仕事で暇があったら、「辞めたい、辞めたい」いう人を私は辞める辞める詐欺師と呼んでいますがまぁ辞めません真顔変わる勇気がないからと言われると納得です。現状を良くするために努力をする人であれば、自然とまずは自分の仕事を、そして職場の現状も変えていくし…それが無理ならば自分の仕事をしやすく変えるためにも職場を変わるという選択肢だって選べます。が、口ばっかりなのです。何も行動が伴わない。

いわゆるコンフォートゾーンを抜けることがないのですぼけーそういう人生観なのです。自覚があるのかないのか、そういう人生を自分で選んでいます。

辞める辞める詐欺が横行するような職場なんて、たかが知れてます。

〝エリートクローズ〟という言葉を知っているだろうか?

例えば…名門ラグビーの高校があったとして、まずそこに入るには入団試験があって…その中でもレギュラーを取ろうものなら練習をするなと言っても皆が人並み外れた練習をするのでしない方が不安になるでしょう。レベルの高い組織は、レベルの高い志を持った集団に自然となる。まずそこの高校に入るにも相当苦労するはずだから、絶対入ったら辞めたくない。

 反対に、辞める辞める詐欺が横行するのという組織は統率力のない烏合の集だぼけーでも抜けるに抜けられないのは、その人に能力がないからです。他人より努力をするわけでもない。才能がある訳でもない。だから、エリートな組織に誘われることもなければ、そんなグループに入れるわけもない。ましてや暗に自分の無能さを知っていたら他で上手くやっていく自信なんてないのだから別の同レベルの組織ですら移動するのが怖い。

 私は、経営者は例外なく皆変わる人だと思う。

 例えば、失敗に対しての考え方です。狩りで例えれば獲物が獲れなければ罠が悪いのか?エサが悪いのか?それとも…と考えるはず。なぜか?というと獲物が取れないということはすなわち、〝死〟を迎えるしかないからです。たしかに同じようなことをしている場合もありますが…それは過去の成功パターンを踏襲した罠や、エサでやっているのです。ですが、その周辺の獲物を採り尽くしたら狩り方を変えるしかない。結局、人を使い、その規模が大きいのか小さいのかの差でしょう。そして大漁の日もあれば坊主もあるでしょう。狩り方を変えると獲れる保証はありません。それは不安というしかないです。

従業員の人は、その罠やエサを作るといった部分的な作業を請け負うだけで決まった収入が入ります。変える必要がありません。むしろ、注文と違った罠やエサを作ったら怒られるでしょうから。だから変わらないのです。作業は変わらないけど、収入も変わらないからコンフォートゾーンでも慣れを通り越して飽きが来て不満を言います。経営者の奴らもっと儲かってるんだから、俺らの報酬増やせと。

ここで、従業員の人が経営者の人と同じように不安と戦うというのならいいですが…
実際は変わらず同じ仕事の内容をしながら文句ばっかりいうのです。


中島みゆきさんの名曲

『ファイト!』のサビを知らない人はいないんじゃないでしょうか?


ファイト!戦う君の唄を
戦わない奴等が笑うだろう


戦わないだけならまだしも、戦っている人間の足を引っ張るのはほんと勘弁してくれと言いたくなる汗

人知れず私も戦っている。戦っている人間は孤独だ。まず、そもそも好んで経営者になりたいという人間はこの国には少ない。戦わない人間を責める気はない。が、一生懸命戦っている人からしたら不満ばかり口にする人間ばかりが周りにいるとそれだけで萎えるぼけーさすがに私もそんな環境からは脱出したい汗