タイトルは、アドラー心理学の一節です。
久々にこの本を読み返した私ですがこの章を見て思い出したのが友人との会話です
「不登校には不登校の言い分があるが、まじめに学校に行っている人間には行っている人間の言い分がある」というニュアンスの言葉です。
例えばゆとり教育なんかは、よく否定的な場面で使われますが…100%全員がゆとりな人間ですか?ということです。ゆとり世代の中で、少子化した少ない学生人口の割合の中でもアスリートや芸能人、になってよほどまじめにやってきた大人よりも凄い子どもはいる。
なにもマイノリティの話ではない。
同じように、昨今離婚率は上がっている。虐待をするような親がいたとして、その理由を母子家庭だからと言ってしまえば…虐待だらけになってしまう。母子家庭でも、立派に大人になり愛情を持って子どもを育てる人間もいるのだ。
面白いことに、アドラー心理学の中では性格や個性。思想、人間性などなど…ぜんぶひっくるめて、〝ライフスタイル〟と呼ぶらしい。一般的には性格や、個性なんかは変えられないと思われるが、そのライフスタイルは変えられるのだという。そのために、原因とも思える事象に対しどのような意味を与えるかということです
不幸な境遇を、不幸だと絶望し人生を諦めてしまう人にはそのひとが望んだ現実通り不幸な一生を送れるでしょう。反対に、不幸な境遇を乗り越えるべき壁や試練と思うひとはそれに抗い、そしてどんな状況でも幸せを見出すでしょう。
これは例え話のように感じますが、思考の傾向とも言えます。
ポジティブな性格だとか楽観的と単純に表せるものではなく、どんな状況下でも目的論を中心に考えると必ず問題は存在し、改善点が出てきて常に昨日よりは今日。今日より明日の自分の方が一歩。また一歩と進めるのです。
変わらないという決心をしているというのは、そういう現状のライフスタイルに甘んじているのです。その目的は?というと、昨日と変わらない自分は大きな痛みを伴うことなく安定しているからだと言えます。
さて、先日教育テレビで夢を語る理由のようなことがやっていました。よくスピリチュアルとか引き寄せの法則とかありますが、そこでは〝カラーバス効果〟という言葉を使っていました。言葉に言霊が宿るというよう、ひとは言葉に心を乗せイイエネルギーを発信してる人はいい縁を引き寄せるといったところでしょう。その根底には、毎日、変化…とくに自己更新を常に続けているひとだからなのではないかと私は思うのでした