今朝、驚くべきことがありました。近くのコンビニがリニューアルオープンしたので、出掛ける前にそこで昼食を買いました。その駐車場で、車中で朝食を食べていると…ジャージ姿の男性が歩いてきます。何を驚いたかというと、そのジャージに見覚えがあったからです。私が、看護学生の頃の指定のジャージです。結婚してから、今の住所に住んでいますが学生時代この辺りの同級生を友人の車で送ったことがあったので…ここの道の感じが似てる気がするんだよなぁと密かに思い続け、その記憶が間違いではなかったことが証明されたのでした。
彼は看護師の母親のいる家庭で育ち、現役で親の言われるがままに専門学校に通ってきました。しかし、看護学校というのはそんな甘いものではありません。私の学校では実際、同級生の三分の一は留年してり辞めたり休学し、三分の一が上級生が留年してスライドしてきます。そんな中、私と彼は同じ実習グループでしたが…その実習で彼は挫折し学校自体も辞めてしまいました。その時、同じグループのリーダーとして辞めてからも気になったので最後に会ったのは10年くらい前の話です。
私が普段から見ている、精神疾患患者特有の目をしていたのに愕然としました。寝巻き姿で、コンビニをウロウロ…たしかに私もしない事はないですが…サイズも合わず腹の地肌を半分出しては歩かないでしょう
プーさんじゃないんだから。
さて、今日もサイクリング協会にて初心者講習の指導の手伝いをしに行ってきました。昨日も、同じような内容だったのですが…昨日は多少は経験のある方で、今日は初心者と対象の違いという感じです。昨日はこんなことがありました。私と同じく教える立場の方がいますが、私よりいくつか歳が上なのです。その方が、講師に言われて手伝いをしていましたが私にこんな事をいいます。その方を葱坊主と名付けますが、「なにしてるんスか?参加者みたいにシレっと突っ立って〜!」
いやいやいや。講師に、手伝ってとも言われず俺がやる!って出しゃばるのは私は違うと思うのです。もちろん、自転車についてのことです。自分の好きなことで、好きな分野のことって人に語りたくて仕方ない人もいることでしょう。しかし、初心者も講習を受けに来られてる方も知識の押し売りをされたいわけではないと思うのです
これは〝教育〟の話です。教えるだけなら簡単なのですが、教えられる側が育ってなければなりません。教えてる側は教えてる側で、優越感で自尊心が満たされるのかもしれませんが…講師陣がしようとしている自転車マナーや知識の普及はそのやり方教えたことだけしか覚えられません。
私は教育者というわけではありませんが、子育てを通し同じようなことを考えています。特に娘のことで。
どこで、その人のパフォーマンスを最大限に発揮させられるか?です。
だから、今日みかけた同級生の姿には同情を覚えずにはいられません。20歳やそこらの失敗なんてなんだよ?って感じです。そこから自分のしたいことを見つけられなかったのか?と。彼にとって輝いたのは看護学校の受験に受かったときなのか?と。
サイクリングのインストラクター試験を受けましたが、講師のサイクリング協会の講師にはこう言われました。「インストラクター証?こんなものが欲しいの?これはスタートライン。これから何を成すかが大事だと」
どこを目標ラインにもっていくのか?最終的にはどこがゴールか?それまでにどんなトレーニングをして準備をするのか?それが大事なのではないだろうか。