昨日は、腰が痛くて痛くていつだかブログにも載せたことがある先輩にマッサージを頼みました
マッサージというと、長くて長くて話しをするのですが…
ちっとも話しになりません
いや矛盾するように聞こえますがこういう事です。
例えば、
「事業をする方法として親戚家族を使って融資をもらってトぶ(高飛びする)んだ。」とかそれを何度か繰り返して大きな事業を始めろと言いますが…
もう正気の沙汰ではないのです
冗談で言ってるのかふざけてるのか…
「金持ちな奴は汚いことやってるに決まってる」とか迷言です。
言葉は人を表すと言いますが、この人の周りにはそんな人しか居ないのかなぁと思うとなんだか気の毒にすらなってきました。
ビジネスをゲームに例えると、ルールを破るようなズルをしてまで勝って面白いのか?です。
ルールを破るくらいなら、ゲームすらやらないでもう最初から自分の勝ちでいいではないですか。時間と労力の無駄だと思います。
スポーツで言い換えましょう。マラソンの大会に出たけど、途中電車に乗って移動して世界新記録を出して楽しい?という話し。マラソン大会に出ないで、その区間を電車で移動したらいいだけのこと。
なにを求めているんでしょうか?
私は、友人や師匠が至極まっとうな商売人なので先輩のような人の話しを話半分も信用出来ないし…なりふり構ってられないというのは言い訳にしか聞こえずだから家族にも愛想尽かされたんだろうなぁなんて失礼ながら勝手に思っていました。なりふり構わずっていうのは汚い手を使うのではなく、人の何倍も努力する、知恵を絞るであって、もはや安易にモラルや理性、ルールを安易に逸脱するのであれば畜生にも劣る
まさに〝人でなし〟だと思うのでした。こんな人は言っても聞かないし、あまり相手にする必要もないのかと思うのでした。
結局、こういう人って人生の中にどこか上手い楽して渡れるワープ装置のようなものがあって…それが世間を出し抜いて自分が見つけられると思ってるんだと思うのです。
私は、そんなワープ装置なんて信じていません。自分の見える世界を変えていくのは、自分が変わり一歩ずつ階段を登るように上がった人だけだと思います。積み重ねて積み重ねて…それはどんな世界でも業界でも分野でも同じだと思います。
前も、話しに出しましたが…
『はじめの一歩』の中で
チャンピオンになった人は例外なく努力をしている。ということだけは言えると。