今日は母の日のプレゼントの買い出しやら、嫁との買い物で一日中出突っ張りでクタクタショックでも、明日はツアーのガイドの仕事で出て行くのでそれくらいの埋め合わせくらいはしておかねばあせる

先日から、娘の状況がまったく変わりません。GWが明けたら〜とすでに一週間。しかし、週末まで何をする訳でもなく暇さえあれば代わる代わる誰かしらが家に泊まりに来ます。「遊ぶ予定が先にはいっているから、バイトも面接行く暇もない。」は親から見た事実。

しかし、本人としては目標が設定されてないから何も出来ないです。何が言いたいかというと、「やりたいようにやればいいよ!」が、「好きなことを好き放題やっていいよ!」に解釈されているのです。じゃあ、こんな人に必要なのは明確なレールです。レールを道筋と感じるのか、負荷だと感じるのかは本人次第ですが…

子どもだから、近視眼的過ぎてそのレールの先にある目的地までとてもじゃないけれどたどり着けません。

負荷を〝罰〟だと考えてしまう場合もあるかもしれません。




戸愚呂弟さんも言ってますが…

危機感が足りないとも言えます。身体も気力も充実してい過ぎて、自分は無限の可能性と成長率を持っていていつでも一発逆転をかませるとかねー

 友人とも話していましたが、一発逆転を放つには人の何倍も努力し積み重ねるしかないのです。それが、一発逆転。エレベーターなんてなくて、階段を上るしかない。

その階段が、負荷でありレールなんです。自分で道を見つけられる人間ならば、荒野を歩く事すら出来ます。もうそれ自体が向かい風の中で、砂埃が舞っていて目的地すら見えないような心理的負荷もあるかもしれないですうーん

ありのままでいい、背伸びをしなくてもいいのですが、階段を登ることをやめることも足を止めることも、ましてや好き放題すればいいとは決して自由でもなんでもないのです。だって、好き放題やっていても世界は回っていていつかは自分だけが同じところに取り残されている現実に直面させられるからです。

なんだか、抽象的な話になっちゃったあせる