数日前でしょうか?今年の『ファンド・オブ・ザイヤー』が発表されました。そこの最高責任者の方が、インタビューの質問にこう答えていました。「私たちに外的要因を分析する力はありません。ですが、それがどのような状況でも乗り越えられる能力をもつ経営者を見抜くことに注力しています。」と言うのです。そのファンドの戦略は至ってシンプルです。オーナー企業の株に投資しないといったものですうーん



  5月の連休中です。
何の気なしに、本棚にあり手に取った小池龍之介の『しない生活』という本。小池龍之介さんは、私とほぼ同年代の方のためか幼少期のエピソードや時折挟むアニメの例え話もドンピシャでわかりやすいので読みやすく何冊も本を持ってますが…結局、読み終わったあといつと一緒のこと書いてるなぁと思うのですぼけー

もちろん、時事的なネタや例え話は違いますがエッセンスは同じという意味合いです。

だからか、この本も途中で読みっぱなしで本棚にしまってた訳ですが…

連休というと、10連休もあったのでなぜか無意識下であれをやらなければ?これをやらなければ?みたいな脅迫観念に囚われていたからだと分析します。


この本のサブタイトルは、〝〜煩悩を静める108のお稽古〜〟とありますが92項・93項が連動していて 92が「信条を貫くか、諦めるかのタイミングを見極める」で93が「争いを招くのは宗教ではなく、独善的な信仰心」とあります。

ここで、著者は宗教についてこう述べています。「宗教」という言葉は、何らかの宗(むね)とする。(自己の中心に据える)教えを持つことという程度に、素朴に解して起きましょう。そういうニュートラルな意味合いならば、何らかの教えを信頼するという宗教そのものは、何ら押し付けがましいものを持っておりません。ところが…

と続きます。


こういう表現をされる方なので私は、著者の本は何冊も読みますが…同じような仏門の方のでも一冊読んでもういいやという方もいます。

この場面では、宗教を〝軸〟と捉えていますが、前の〝信条〟や〝信念〟だって立派な軸となり得るでしょう。〝教育理念〟だってそうです。言葉を聞いたからといって、完全に理解し助言をもらった通りできるかどうか?はわかりません。結局は、それを聞き手が咀嚼し、解釈し、それを養分にどんな考えを産むのか?という代謝の過程を経ます。

 冒頭の、ファンドの話に戻しますが…

その投資ファンドの持っている株の割合で一番多いのはまさかのZOZOTOWNです。さきの方針でzozo離れという言葉が、生まれましたがこのファンドは逆に株を買い足したと言います。すぐに方針の転換ができる止血の速さが評価できるとファンドの方は言っていました。 

それが正しいか否かは未来から俯瞰しなければわからない。ただ、事実に対して周りからどう見られてるとか、一般的にはこうだからとか、その事象だけを見れていない時があるのは事実だなぁと思うのでした。

ましてや、自分の考えが人を変えられるなんて思うのは〝慢〟の欲求といって自分の考えは正しいといった傲慢さに違いない。そう思うとふっと肩の力を抜けるのでしたねー