もはや朝にブログを書くのが定番化してきました
昨日のお昼の番組で、登山家の三浦雄一郎さんの特集がやっていました。その番組の最後にこんな言葉を最後に残しています。「できないい訳を探すのてまはなく、できることを探しましょう」と。私には目新しい言葉でもなんでもありません。だって、同じ言葉を言う人物を知っていますから
それが、私です。まぁ、偉大な人物がいうそれと、私のような凡人がいうのでは深さを意味合いも違うかもしれませんがね(笑)
キッズ・ウォーが終わったのか?ただ果てのない延長戦にもつれこんだのか私には判断つきません。ただ…最初っから100万円貯めるというエベレストに登らないといけないという心理的設定から、富士山か近所の山くらいに設定が低く出来るかもしれないと嫁の友人から言われています。実際にそれを登った人だからわかることだし、経験者の語る言葉には絶大な信憑性があるようです。
私や嫁が必ずしも言い聞かせて、思い通りの道を走らせなければいけないというのは思い上がりで…口うるさく言うだけでは心理的反発を呼び思うようには思うようにはなりません。なるというのは思い上がりです。言い換えると、自分の言う通りになるロボットを作ろうとしてるともいえるのではないでしょうか。真に親として臨むことは、親の思い通りになることではなく〝自立〟を求めるのだから〝言われたからやる〟ではなく〝自分で考えてできる〟ようなるためであれば、登る山を変え、段階を踏んで実践を積むのいいと思うのです。また、そのためには〝内なる動機〟が大事になってくるのではないでしょうか。そのためには、嫁の友人に言われたように…〝もっと明確な目的意識を持たないといけない〟というのは否定しようもなくワーキングホリデー行くにしても行かないにしても、自分がどう生きていくかどうしたいか?を考えることになる。
別に、以前に書いたブログの『先生』と『師匠』の違いのように師匠に求めるように己から教えを請う相手の言であれば無心で耳を傾けられるならそれは親の言うことを聞かない親を先生とする必要はないと思うのです。
さて、どうなることやら〜