子どもの話を聞いていると、なんて視野が狭いのだろう?なんて稚拙で未熟なんだろう。それなのになんで自分は何でもできるという思い込んでいるのだろう?そのくせなんで親に都合の良いときだけ頼るのだろう?と思う。

 上記のの言葉は、私は母からキツくどの言葉も言われたことがある。

反対に、私はこれを娘に言ったところで理解できないと思うから口を噤んでしまう。嫁はそれを「そうだね。そうだね。」と聞いているのにまた腹が立つ。もうウンザリして、離婚してしまいたいとさえ思う。



 私が、獣医師がダメだったけれど学びたいと思えた分野があるとすへば、それは遺伝子工学でした。

高校当時好きだったマンガ『バスタード~暗黒の破壊神~』では、人間の罪はその遺伝子に刻まれているというフレーズが全てを物語っています。

マンガの中で描かれていたのは創世記の話から始まりアダムは知恵のりんごを盗むという大罪を犯し、そして子孫を残しているのであり〜そこかろ、最後の審判で人類は滅ぶべきと天使達に根絶やしにされかかる…という話です。20年近く経った今でも物語は完結していないはずにやり

まぁ、私の心の闇のような部分の話です。

生みの親より育ての親とは、言いますものの娘の利己的で自己中心的なところは、彼女の、実父から受け継いだものなのでは?と思いたくなってしまいます。そして、それは変えられないものなのではなかろうか?とも思います。

そう勝手に頭のなかで話を膨らませているのは他ならぬ私自身です。ホリエモンの言葉を借りるなら、バカとは戦うなです。でも、心ではそうは思っていても、そう思わないではいられないのです。鳥のカッコウの話です。ほかの鳥の巣に卵を生みます。しかも、ほかの鳥の卵は蹴落として。自分の子どもと思ってエサをやって、外敵から守り、手塩をかけて育てた姿は似ても似つかぬカッコウで…。カッコウの親鳥は、その場にはいませんが育てた鳥をマヌケと思っているのかと想像してしまうのです。

 嫁と別れれば、そんな事も考えなくて済む。しかし、下の子たちはどうする?夢は?なんて考えると結局、ビジネスのために再婚したクズ野郎と自分もたいして変わらないと再び自己嫌悪のループ。

 『アルキメデスの大戦』でも『ドラゴン桜』でも
感情で大局を見失って利益を取れないといいます。そんなバカになるなともあります。たびたびこういう想いをすることは誰しもあると思うけれど、立ち止まって考える必要もある。そういう意味では、何をするも自分自身が最大の敵であるとも言えますにやり

まっ、マンガの立ち読みを15分もしたら私の場合切り替えられるのですが(笑)