今日、職場で『まんぷく』の話を同僚から聞きました。私はわざわざSNSで情報を集めたりする方でもないのですが…
危険とコントロールについて最後に一言。金持ち父さんはこう言った。「安全を求めれば求めるほど、その人は自分の人生に対するコントロールの力を放棄する。」今、二つの世界が姿を現し始めていると思う。
これについてはまた、明日にしようと思うが…正に私が書いたブログの内容と言葉は違えどぴったり当てはまるからびっくりです。狩猟民族的とか農耕民族的とかの考え方です。
ドラマの中で、商品の宣伝をテレビでしたというところです。テレビ自体が贅沢品だった時代なので、主人公の家にはありません。だけど、テレビでCMをした事に対してテレビCM出来るくらいならテレビ買えるだろ?と、そんな意見がSNS上で出ているとか
それを聞いたとき、アホやなぁ〜と思ってしまうのです。消費者的とも思います。まず、負債と資産の違いがわかっていません。
ロバート・キヨサキの『金持ち父さん貧乏父さん』のなかで持ち家は負債だ!というセンセーショナルなキーワードがありました。
未だにそう感じない人もいると思います。不動産とは、不動の資産というところから来ています。面積当たりの土地の価値みたいなニュアンスでいいでしょう。そこに家が乗っかってます。家と土地を足しての価値です。ただ…仮に地価が変わらなくとも、その土地を欲しがる人がその上の家がいらなければそれを撤去する費用がマイナスに査定されるわけです

もっとわかりやすいのが車。私の財産はこの高級車ですという人が居たとして、購入してその車の扉を開けた時点価値がみるみる下がるのです。中古車で、ワンオーナーだとか表示されていますよね!販売店から購入して乗って帰るときにやっぱり気に入らないと1分後に戻った時点でその車はワンオーナーの中古車になります。走行距離は限りなく少ないでしょうが〜。
話を本筋に戻すと、ビジネスに多額の資金を使うという場合であれば融資は受けられるが…
ただの贅沢品を買うために誰が金を出してくれるんだ?ということです。ローンは借金です。だから、その人の身元というか給料からちゃんと支払い出来るかどうか値踏みされるし…自営だと審査が通りにくくなるということはよく聞く話です
その辺の意識が、結局言葉に現れてしまうのです。お金を消費しかしたことがないのです。
まぁ、『まんぷく』のようなドラマがいったいどんな層の人に見られているか?なんて考えると仕方なさそうなものですが…。
金持ち父さんシリーズ、何だかんだと読んでいるようでたぶん、私も読了しているのは一冊だけかもしれない
結構、抽象的過ぎて当てはまらないし、わからない人からすればじゃあ結局どうしたらいいの?とハウツーを求めてしまうと思うのですが…そうじゃないんです。
今日、読んだところにあった一文です
危険とコントロールについて最後に一言。金持ち父さんはこう言った。「安全を求めれば求めるほど、その人は自分の人生に対するコントロールの力を放棄する。」今、二つの世界が姿を現し始めていると思う。
一つは「責任ある社会」
そして
もう一つは
私が「被害者社会」と呼ぶ世界。
これについてはまた、明日にしようと思うが…正に私が書いたブログの内容と言葉は違えどぴったり当てはまるからびっくりです。狩猟民族的とか農耕民族的とかの考え方です。
ようは金持ち父さんは、ハウツー本でなくエッセイみたいなものということです。
さて、金持ち父さんでしつこく言われているのが憧れているのであれば憧れているグループの人と多く接する世界へ行くことだと。しかし、考え方も言葉も変わらなきゃついていけないというか…仲良く出来ないともいうのです。
あなたはどちらの世界を望みます?