『未来のミライ』を昨日観たという内容を書きました。
物語の中で、4歳のくんちゃんが自転車に乗れるようになったシーンがあります
そこで、両親ともに共通して子どもって「出来なかったことが急に出来るようになるからすごい」という評価をしています。
そこで、両親ともに共通して子どもって「出来なかったことが急に出来るようになるからすごい」という評価をしています。 確かに、子どもの様に目に見えてできない事が出来るようになるって事は確かに凄いです。それを凄いと思えるのは、果たして子どもが凄いからだけでしょうか?
何が言いたいかというと、大人であるこの場合くんちゃんのお父さんもお母さんも冷静にそれを見ている・気づいてあげられていると言えるというのです。もっと言うと、お父さんの方はくんちゃんが生まれたときは「子育てには参加しなかった。仕事を言い訳に逃げていた」と正直に語っています。つまり、大人だって出来ないことを出来るようになっています。ただ…動作的なものでなく心理的なものが、大きいのではないのか?と感じたのです。だから見えにくいのではないか。最初、くんちゃんのお父さんはミライちゃんを抱っこするのを恐る恐るやっていました。抱くという動作は出来ますが、泣かせてしまうと不安そうでした。それがいつの間にかしっかりと自然と抱っこできているのです。
大人になった自分って、確かに大抵の生活における動作って出来ます。例えば、走ったり、片付けしたり、料理したり…。
でも、さすがに陸上選手のように走れるとか、完璧に部屋を片付けできたり、フランス料理のシェフのように料理が出来るか?というとそりゃちょっと厳しい。要は程度の話になってくる。
それでも確かに成長しているのではないか?と思ったのです。それに気づけるかどうか。もしくは積極的に、自分を磨いているかどうか?で自己評価がガラリと変わってくると思うのでした