昨日、私の企画したツアーの師匠の会社より届きました
がっつり私の名前が入ってしまっているので…ブログに載せるか載せまいかと一瞬考えましたが載せないつもりです
本来であれば、「よっしゃー、これが商品だぜ!みんな買ってくれよな」(ポケモンのサトシ風)に言いたいところですが、これが売れるのだろうか?売れないのだろうか?内容は満足してもらえるだろうか?もっと言えば、これが今回売れなければ準備に掛けた費用は赤字?とか。
まぁ、そこまで深刻には考えてはいませんが。
ただこれがビジネスを持つということにおける責任か!?という事を感じます。
ここ最近、自分の不動産屋さんとのやりとりを振り返っていましたが販売員の役割はざっくりと言うと商品を売るところだけです。商品が悪くても、製造工程で不具合があったとしてもそれは知らないという感じでわかりません。で、済ませられます。
今回、私がクレームとしてその対応に本社へメールを入れたので多少は上司から叱られたかも知れませんが…それで終わりです。
これが、今回の解決法が2つあったように話し合いで解決するという方法がありましたが上司に叱られるとかそんなレベルの枠組みでなく法に訴えられるということになるのです
たぶん、企業にいてそこまでの意識をしている人って多くはないと思います。横領でもしてるならまだしも、ふつうにまじめに働いて企業に訴えられるような事はないでしょう。要は、企業側が法的な枠組みの部分の責任も肩代わりをしてくれ、販売という業務にだけ集中出来るようにしてくれていると言えるのではないでしょうか。
『木の命 木の心』のなかで、西岡 常一さんはこう言ってます。
「頭が悪いから大工になる。」というはおかしいと。会社組織のような大人数で、ちょっと出来ないことがあっても見えにくいですが、大工という仕事は腕前が結果として見えてしまうから誤魔化しが効かない。腕が悪けりゃ仕事が来なくなると。要は大工へ個人事業主という事だと私は本を読んでいて感じました。
責任を持つことにはリスクも伴いますが、そもそも責任がそこに存在することに認識がないことがトラブルの原因になることがあると思います。もしくは、知らず知らずのうちに避けている場合など。
友人が言っていたように、すべての責任は自分のものだけど、頑張りなんかのリターンも全て自分のものです。私は、それを大変だけどやりがいがあると思うけれど…
例えば、『販売員』という役割だけに専念したい人からしたら余計な責任なんて持ちたくないのも納得です。
よく仕事を辞めて開業するに当たって、自分の信用で仕事が来ていたのではなく会社の信用で仕事をもらえていたのに気付くという話を聞いた事はあると思いますが…
私の中での意識がすこしでも変わってきつつあって良かったと思います。