ここ数日、某アイドルグループの活動停止の話がどのニュースでもやるくらい今、ホットな話題になっていますねひらめき電球

その記者会見の中、出てきたのが〝誠意〟という言葉。その前の記者からの質問が〝ファンへの裏切り〟ではないか?と。

 ここに危うさを感じます。

ユーザーの期待が過剰過ぎて、「応援してあげたのだから活動続けろよな!!」みたいな身勝手なニュアンスが含まれている質問だったのではないでしょうか?

 最近、日々感じることが…ユーザーと販売者・事業主のバランスがおかしくなっていることです。

 本来は、お互い対等なはずなのに常識なんて多様性に比べれば過大解釈のもと踏みにじられ法に触れるか触れないか。法に触れてようがバレなきゃOKという形で自分の信念やプライドで自制も出来ず平然と悪いことをするような社会になってるような気がする。例えば、統計の不正などもそうでしょ?

 なんでこんな事になるのか?と思う。

 一生懸命頑張れたら、いや一所懸命頑張れたら…と。ズルして得できるなんて思っている暇すらないはずなのだけれど。

 結局、組織が大きくなり経営者の目が届かなくなるからコントロール不能になるのか?組織ぐるみで悪いことをしてしまうのか?

 それに比べれば、あのアイドルグループの誠意って言葉はすごくよかった。特に皆が納得できる着地点を見つけるために、どれだけ話し合ったかを感じさせられた。何年も何年も同じ時間を過ごしてきたからだろうか。

 そう考えると、昔ながらの終身雇用という方法はまるで親が子どもを育てるが如く…企業が、人を育てていたのだろうか…などと思いを馳せてしまう。多様性というのは、良いも悪いも、中途半端なことも分かりにくくする。『木の命 木の心』から引用した、ように大きな仕事は支配する力だけではできない。

あぁ、これが〝どう〟やるかではなく〝なぜ〟やるかを考えるということ。