お金とは、信用である。とブログに書いたことがあると思います。
しかし、信用とは?
というと答えはひとつでは無いような気がします。ひとつ例に挙げると、ユーザーの期待に応える事ではないでしょうか?しかし、この期待というものはユーザーによって千差万別だから、同じ商品・同じ対応では満足させられるということは無いのです。ただ、ユーザーはシビアです。クレームを言ってくれる人はまだ期待を持っている。改善してくれるだろう、と希望を持ってくれていますが…何も言わなく不満がある人はそっと別の商品やサービスを選びます。それだけです。
この期待というやつが、代価であるお金の価値と商品やサービスの価値に見合うかどうか。つまり、A=B=Cという訳ですね。
三流のサービスマンは、客の要望に応えられず怒鳴られる。
二流のサービスマンは、客の要望に応えられる。
一流のサービスマンは、客すらも気付いていない要望に応えられるという。
いやいや仕事をやってるから、相手を思いやる気持ちも出てこないんでしょうね
それとも、お客さんの要望のレベルが高いのでは?と言い訳するのもまたやはり志や仕事に対する気構えが違うように思います。
『のぼる小寺さん』というボルダリングのマンガがあります。ボルダリング一筋の女の子に憧れる男の子の視点で書かれているストーリー。小寺さんは、その男の子に言います。私は自分の好きなコトだからやっているだけ。近藤くんは、好きでも無い事で結果を出せているんだからすごいね。(確かこんなニュアンス)って。しかし、近藤くん本人はそうは思っていないし卓球部に入ったのだって頑張りたく無いからでした。後ろめたさと前向きな彼女に憧れて恋をするのです。まぁ、それはどうでもいい話
だれかのために働きたい、これを作りたいとかでは食ってけない。つまりお金が欲しいから働く。同じお金さえもらえたら仕事はやらないというのであれば、それはまさにお金のために働かされていると言える。これこそ守銭奴的というか、私は心が貧しいと思うのです。だから、お金持ちにもなれない。だって、仕事も二流・三流だから。近藤くんと一緒です。金持ちになりたいくせに金・金といった短絡的な思考になるから結果が出ない。A=B=Cとワンクッション置かなければ、結局はたまごが先かにわとりが先かのよくわからない話になるのではないかと思います。