先日、嫁と仕事の話をしました。

ある精神科の実習指導者が、こう言ったのです。

「ここの患者さんたちは、特別ではなく病気として精神疾患を発症しただけで健康なあなた達(学生)の延長線上にいます。」と。

嫁は精神科で勤めたことがないから、「難しい、勉強しないとと思った。」と話します。続けて、「あなたが言ってたことと同じだと感じた」と。

大まかに、4つに分けられる…と私は感じているのだけれど以前ブログに書いています。

それが健全な人は、生活に支障をきたすレベルを超えないだけでその素養は備えているのではないかと思うのです。

 その中でも、躁病の方と言うのは人間のリミッターを超えて何かに取り組めたりします。スポーツ選手なんかが練習や鍛錬を経てリミッターを解除するのに対し、準備も出来ても無いのにそのリミットを超えられるから反動も大きく、能力は高いのに、ヘロヘロになったりと極端で制御不能なのが特徴です。普段は能力が高いので、自己評価も高いです。

 さて、何でそんな話をしたのか?と言いますと。

今日は久々にボルダリングに行きました。
そこの店長は、私の人間分析ではこの躁の部分が強い性格です。

 ストイックで、自分にも厳しいけれど同じように他人にも厳しく、人嫌いです。人嫌いくらいならいいですが、なぜそんな事も出来ないの?くらいに思っています。しかも、残念な事にそれがモロに態度に出てしまいますえー?正直、とっつきにくい人だと思います。

 さて、そんな店長と何の話をしてたかというと去年の今頃に自分の店の客が同様のボルダリングジムを開いて客が流れてしまったとぼけー国庫や、商工会議所との繋がりが出来たら融資を得られたり出来る場合がある事を開業セミナーを受けていたので去年教えてあげたのです。元は、親の土地でやってたのでほとんど労せず開業出来たのでしょう。もちろん、会話の中の断片的な情報です。

 私も今は商品を開発中だし、やはり融資を受けなければ開業出来ないし、優先順位をつけようにもどちらも大事だからまずは目先の事から片付けつつ、一年計画でやっていこうというつもり〜だと話すと店長は「早い方がいいと」。結局は、「やるか?やらないか?」みたいに言いますが…計画立てて物をやる事を机上の空論だとか、言い訳と思うらしい。結局は当人でなければ時間の認識とな状況判断は難しいのではないでしょうか?

 いやいや、店長も融資もらえてないし、言ってたはずの従業員を雇って店舗出せてないでしょうが!と言いたいところですが、言いたい人には言わせとけばいい。いみじくも店長が言いましたが、他人は口は出すが、なにかあった時に責任を持ってくれないし、金を出してくれる訳でもない。これ、私と店長の関係にも当てはまりますよねにやり


その時です。

 はっ、と気づいたのですびっくり



最近、職場のことでイライラしていたのはまたもや上の人が辞めました。ただ、辞めるのは構わないけれどまた無茶苦茶な忖度人事が行われ…職場中で噂になっていました。もはやそのポジションは出世ではなく、クビを切る為の処刑台のようになっているのです真顔別に誰がなろうが構わないけれど、適切な引き継ぎも行われず業務に支障が出るのです。

私は一生懸命やっているのに…と。これって、店長と同じじゃないですかね?自分だけが頑張っているという気になってしまうという。経験を大事にするのを悪いとは言いませんが、経験に偏り過ぎた場合周りの理解なんて得られません。だって、同じ瞬間にこの場所、この空間にいたとしても同じ経験をしてきた訳でもなければ同じ情報を持っている訳でもない。のに経験(自分)に固執し過ぎて相手の言うことも考えも自分色に染めなければ気が済まなくなってしまうという。普段からそれが色濃く出る人と、そうでない人とがいるとは思いますが…たびたび私にもこういう部分があったのだと思わされます。


 こんな時に大事なのは、ホリエモンの『頭にきてもアホとは戦うな』である。

 別に人は人だし、自分は自分である。

自分でコントロールも出来ないことに腹を立てても仕方ないし時間の無駄です。エネルギーの無駄です。それなら、自分のすべきことや目の前の課題に真剣に取り組むことが一番なのではないでしょうか。

自分の道のことは自分しかわからん。