今朝は、霧が深く20メートルほど先の学ランを着ている中学生すら見えないくらいだったびっくり珍しい、こんな日もあるんだ。

 先日、娘が看護学校を受験した結果が届いた。結果はもちろん不合格。約1年丸々と、学校には通わず受験生とはほど遠い生活をしていたのだから無理もない。むしろ、試験会場に行けただけでも奇跡だと思っていますにやり本命の学校の受験日までまだあるのですが…もう受験生しない事を選んだ。自分でも受かるとも思えないし、自分に自信などないという。そもそも進むべき道すら決まってないのだという。

 子どもですらそうだが、大人でも大して変わらない。昨日のブログに書いた先輩の話とそうだと私は思う。

それを悪いとは思わない。まるで霧がかかったように、少し先が見えにくいだけで道は続いてるのだから。

 さて、昨日になりますが『プーと大人になった僕』というくまのプーさんの実写版映画を観た。私は、あまりプーさん自体を観たことが無いのだけれど内容はわかりやすかった。

大人になった、主人公であるクリストファー・ロビンはいつしかツマラナイ大人になっていた。このツマラナイ大人ってのは、もしかしたら観ている私自信の姿かもしれない?そんなある日、プーさんと100エイカーの森に住むいつもの変わらない仲間たちとの再会に、 変わってしまった自分、失ってしまった大切なもの、そしてほんとうに大切なものは何かを見つめ直すこととなる。

 ここで、一番印象に残ったプーさんの言葉

「いつもとおなじ、何もしないをする」

という言葉。

娘の選択は試験から逃げたと捉えられるかもしれないけれど、「ただ何となくでお金をかけて進学を選ぶのとは違うと思う。」。もちろん試験が受かる可能性が限りなく低いのも確かにあるが、なんとなくで入った学校も続けられないのだと高校での失敗で思い知ったのであろう。弟と、妹がいること、親に無駄金を使わせないように気遣いもあったのかもしれない。本人にしかわからないけれど、それもまたおおいなる一つの選択だと思う。

そして、代わりに海外に留学に行くのだという。

これはこれでお金がかかるので、自分で計画を立てて準備をすること。帰ってきたら、私は旅行の仕事をしているのでゲストハウスなんかの事業でも始めることもできると材料を与えるくらい。

娘だけでなく、娘のの同級生を見ると近所の人だけでも3人も同じような進学方法を考えているという。

 未来への選択肢が、たくさんあるようでどれも霞んで見え魅力を感じないのかもしれない。

価値観を変えるのに、荒療治だが海外で揉まれる事は一つだと以前書いた事があると思うが…文化の違いに辛い思いをする事があったりショックを受ける事もあるかもしれないが、それ以上に人の優しさを知る経験もできる。そうすれば、自分にも寛容になり人としても大きく変われるのではなかろうか。