心理学者にして、社会理論家のエーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』の中で〝自由〟は2つの部分に分けることができるという

まず、人間をそれまで抑えつけてきた政治的、経済的、精神的束縛からの自由。「〜からの自由」といい
もう一つは、可能性としての自由という意味でもう一つの自由を挙げている。それは、何らかの成果を実現し、自分の潜在能力を十分に発揮するという「する自由」とがあるという。
それが、どうした?そんな風に思うかもしれませんが…何を話したいかをする前にこれを聞いてほしい。
そもそも、後者の「する自由」の方が想像しにくいのではなかろうか?例えば、休みや時間はあるし、好きに使ってもいいけど…学生だからお金がないとそんな話。前者は、アメリカン・ドリームを想像してくれたらいい。チャレンジする権利がみな平等にあるけれど失敗するかしないかはわからない。
『選択の科学』でシーナ・アイエンガーは前者を選ぶ人間が比較的多いと研究成果を述べている。
しかし、アメリカン・ドリームも成功者に比べてはるかに多くの、成功出来なかったひとの上になりたっていると。
しかしそれでも結局、どちらを優先するかはその人の気質にかかってるという。どちらか一方を選ぶのではなく、利点と欠点を併せ持つのでそれを踏まえた上でどの場面でどちらを優先するか?それが大事なのだと。
今の現状に当てはめると…
私は昨日、課題としてやる事やらない事の判断を明確にするとあげましたが
裏を返せば今なにが起きているのかがわかります。
言わば、今は「やらなければならない事に拘束され過ぎている」のです。
なぜこんな事が起きているのかというと、言い方は悪いですが師匠の言いなりだからです
ふむふむ。なるほど課題の真の目的が見えてきたような気がします。
つまり、私が師匠と対等に話ができるようになる事が今の状況を変えることになりそうです。師匠というのは、私が望んで教えを請う人ではありますが…結局は、会社の上司から別の外の人が自分のボスになっただけだからダメなんです。ビジネスパートナーにならなければいけない。
自分のオーナーに自分がなる。そのための活動が来年のテーマとなると、やる事はもっと明確になりそうです。