今日は『泥棒役者』という映画を観ました

職場に、関ジャニファンの同僚がいるのでその人の推しで…という事で

主人公のはじめ君は、両親を事故で亡くし人との接し方がわからなくなり施設でも孤立して生きていきます。そんな、彼か先輩グループから声を掛けられ手先の器用な彼がピッキングをして泥棒をし少年院に入ったという過去を持ちます。 足を洗ったと、真面目に働いてた彼の元にまたしても宮川大輔扮する先輩がまた現れます。彼女に、少年院に入っていた過去をバラされたくなければ…盗みを協力しろと。
この盗みに入った家がたまたま、はじめ君の心の拠り所だった童話の作家さんの家で…「君は過去と向き合うべきだ」と告げられます。そういう作家自身も、亡くなった妻との思い出に作品が書けなくなっているといったお話。映画好きの同僚からは、それぞれが過去や現在と仮面を被り、自分と向き合わず別の何かを演じているという。
ここまで、誰かに迷惑かけた訳では無いですが誰しも振り返ればあんな失敗やこんな失敗があったのでは無いでしょうか?
先日も、ブログで書きましたがその失敗と思ってるものは失敗でなくエラーと思える日がいつか未来から俯瞰した時にあると思うのです。
この間も嫁の友人のご主人も起業独立したいと言うのです。でも、「今は仕事が忙しくて無理」というのです
タイムマネジメントの話でも、お金の話でも、今現在の状態で何とか成り立っているのは…それはそれである意味バランスが取れているのです。
同じような悩みのたとえ話があります。自転車が一台あります。ポジションといって、サドルの高さや前後の位置、ハンドルの高さなど…慣れてしまえばもうそれしか考えられないのです。仮にそれが腰が痛かろうが、タイムが伸び悩もうが。
これは私の愛すべき自転車バカ『菊地 武洋』はこの例えと、車好きの友人の話を例に挙げていました。その友人というのは、中古車を買ってきて悪いところをパーツ集めて修理して、完成するとまたすぐに別の車を買ってまた同じことを繰り返すと。同じように自転車に置けるポジションも一生のテーマだが、どこから手を付けていいかわからんと。
その対応方法を菊地氏はこう答えています。
一箇所どこか変えてバランスを崩したらいいでは無いかと。一箇所変えたら釣り合いを取るために他も変えざるを得ないという訳です。自転車に乗りたいのか、ただ買うだけでいいのかよくわからないと。
そんなこと多々あります。
誰だって失敗は怖い。私だったら、大きな失敗は受験だろうか。でも、今はそのおかげでドキドキワクワクすることや、人、嫁とも出会えたしラッキーだったと思う。
イメージとしては確かにレールのような物はあるけど電車じゃないから未舗装の地面があるだけで意外と走れる場所はいくつでもあると思える。
それを早いうちに失敗はしておいた方がいいとか、ジョブズのように自分の起こした会社をクビになった出来事は自分にらとって最高の経験だったというのは…その未舗装の広大な地面がある事を知れるからだと私は思います。逆説的に、知らない人はずっと怖いままで動けないでいるのです。
何か行動を起こそうと言っても、何も踏み出せない方が多いのでまずは一個。自分のフィードバックのためにブログを書くなり、セミナー行ってみたりして普段会わないような人と話してみたり、ボランティアに行ったりとライフスタイルを変えてみたらいいと思うのだが