日本で住んでいる限り、諸外国と比べて自由な生き方を選択出来る。徴兵もなければ、義務教育なんていうのもあり識字率も高い。ケータイだってどもの年代で持ち、食事だって、餓死するような人は稀であるにやり

昨日は『こだわり』について書いたが、(自分で勝手に選択し)こだわってこれだと決め込んでしまうことについて書いたが…

こだわっていると言うことは、すなわちそれが〝正しい〟とか、〝いいもの〟として選んでいることを暗に意味している。最初っから、失敗するものとか、上手くいかないものをわざわざ選ぶ理由はないでしょ?

 だけど…多くの人が今現在の生き方しか無い。しんどくても耐えるしかない。と思っている。こだわっているというか、もっと言い方を変えれば執着している。もっと悪く言えば固執している。自分で自分自身を縛り付けてしまっていると言えなくもない。

 私にもそれが無いわけではない。自転車にこだわらないのであれば、別に山の中の喫茶店みたいなものを作ってもいいわけだし、今のライセンスや経歴を活かせば介護や福祉の仕事で開業するのも手取り早そう。

 経営者というのが、1つの職業であるとすれば早く就くことに越したことはない。これは、ホリエモンは東京大学で1年過ごすよりもその方が良かったと書籍のあったように記憶している。

 商品だって、何を売るかなんて簡単に変わっていく。それは、ノウハウがたまって技術を教える会社になったり、技術の革新により思わぬところから競合が現れたり。これからはAIの時代が来るのは間違えないし、人間でなければできない仕事というのは確実に減って来るでしょう。

 今まではこれで上手いことやって行けてたから未来永劫同じようにやれば将来安泰なんてどこにもない。もうそれ自体が過去の成功体験への固執であり停滞だ。人間でも日々バージョンアップしていかなければならないのだと思うひらめき電球