昨日、書いた通り私の職場は病院でありながら…病院ではなく、病院と地域(社会)の間のにあります。
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
とあります。
巷で、〝ミニマリスト生活〟〜なんて動画を上げたりしている方がいるとニュースで見たことがありますが、別に望んでそんなことをしなくとも生活保護費で暮らしている方々というのはそんな…最低限度の生活を営むくらいのお金を国から補助されて生きているのです。
当人たちも側から私が見ても少ないと思うけれども、人間なんとか生きていけるのであるから凄いなぁとは思います
あくまで最低限度だから、贅沢なんてできませんので必然的に必要最低限のものしか所有出来ないのです。
働いていない…というよりは、働ける場所がないというのが正確な表現でしょうか。
例えばです。
幻聴が聞こえていて、ずっと独り言を話す人が接客業が出来るでしょうか?しかも、その幻聴というのが自分に対する悪口だったり、脅迫めいた言葉だったらお客さんにいきなり殴りかかるなどの対人トラブルになりかねません。じゃあ、製造業。もはや、単純作業はほぼオートメーション化されてて人間が出来ることの多くは機械がやってくれます。仮にあったとしても、作業を指導するスタッフや精神面や健康面を管理する医療スタッフ分の人権費が必要になります
となると、売るものよりもコストの方がかかるという何やってんだかわからないことが起きてしまいます
それでも、自分たちが働きたいとか社会的な役割を求めたい。という方には、不感症のやる気のない人間よりもよっぽど私は好感が持てるし…とても人間らしいなと思うのです。
私は、日本人だし生活水準も諸外国に比べればよっぽどマシに思います。強制的に戦場に連れて行かれたり、言うことを聞かなければ頭を撃ち抜かれるなんてこともほぼ無いと言えるでしょう
そんな中で、望んで何も持たない…それは物質的な話だけでなく、人とも関わりたく無い、しんどい仕事も、社会とも関わりたく無い。なんて話を聞くと、酷く心が貧しいと思えて仕方ないのです。別に私が、聖人君子になりたいとか、ええかっこしたい訳じゃなく、人には人の役割があり、それが人間が人間たらしめる営みだと思うのです。
私が好きなブロガーさんが、アメブロを辞めて他所のところでニートのススメみたいな内容を書いていますが…
ニートになるためにめっちゃ頑張ってるんです
矛盾ですよね?ニートって、就労も進学の意思もない人間という定義だったはずですが。不動産の安物件買って会社休みの日に物件の修繕して…それを貸し出して家賃収入がこの最低水準を超えたらそれで終了と。この間に、物件のための修繕道具から、数年かけて技術まで習得してるはずなんです
だけど、たいがい話を聞いてる人は今は働いていない状況しかみていないと。そして、今度は物件じゃなくて、このサクセスストーリー自体が商品になっているという訳です。
心にゆとりがあるから、別に私のサクセスストーリーを聞いてくれとか買ってくれ!という気持ちでやってるのではなく、こうやったらニートになれたよ。毎日好きなことして暮らしてるよ。というお話を同じような人に教えてあげたいと語ってるだけです。
話がズレてきましたが、結論を言えば…人間その気になればなんとかやっていける
ただ、それだけの話をダラダラと書いてみました。
そこでは…バリバリ働いている訳ではなく生活保護や障害年金といった形で生活をしている方々が多数います
ところで…
日本国憲法第25条の
第1項に
