突然ですが、精神科用語で『受容』という言葉がありますにやりあるがままの姿を受け入れる。そんなニュアンスだと捉えていただければ良いかと思います。

 昨日の『判断』のブログで、それが正しいのかどうかなんて誰も言い切れないということを書きましたが…今回は、失敗したけれどこの失敗を経て次回大成功としたらそれは…短期的には準備不足かもしれない。だけど、結果として良かったとは言えないでしょうか?

先日、ラジオで卓球の福原愛さんのお話が出ていましたひらめき電球

 卓球でメダルを取るのに20年という時間がかかりました。もし、人生をやり直せるならどうしたいと聞かれることがありましたが、私はこう答えます。今のままで良いと。毎日、毎日を100%全力で一瞬一瞬を大切に、日々を積み重ねきたからと。

 実は私もそうです


(笑)。。。

いや、別に100%やりきってきたかとか功績があるかというと愛ちゃんに比べりゃな〜んもないです笑い泣き

だけど、今の自分を受け入れているし、成長しようと努力している。だから自分の判断って、どんなに優れた情報があってもそれを選ぶか否かは自分次第で選択した責任って自分にあるわけです。たぶん、それを受け入れられない人って本当の自分はこうじゃないはずだとか、環境のせいだとかに理由を探してしまうはずです。

確かに世界は変えられないかもしれないけれど、自分が変われば世界の見え方は変わるかもしれない。ただし、現状に満足しろと言ってる訳でもないですがねぶー