今日は、職場である患者さんの話しをしました。
うちは精神科なので内科的なことまではフォローできません。病院と言っても診療科目が違えば専門の医師もおらず治療が出来ないので他所の病院に転院となりますひらめき電球

 敏腕先輩が、昨日その患者さんの様子を見に行くと病状があまり芳しくないと。

「かわいそうだ。かわいそうだ」と感情的にいう敏腕先輩を横目に私は、予後はどうなのか?

手術をすれば生きられるのか?無理なのか?

それしか思いません。

こんなとき、自分には道徳心や優しさが欠落しているのではないかとすら思いますえーんもしやサイコパス?真顔

しかし、「かわいそう、かわいそう」言ってても生きるか死ぬかはどうにも出来ない事です。治療の方針すら確認してないし、やれ「セカンドオピニオンだなんだ」と言えるの?

今の病院が前向きな治療をしてくれるのであらば、転院させるのはどうかと思うし…残りの時間が無いのであれば、ほんとうに本人の好きなことをさせてあげたいとは思うのです。まず判断材料が少なすぎて、この人も敏腕でもなんでもないのでは?とすら思えるのは感情に流され過ぎて正常な判断出来てないようにさえ思ってしまうからですぼけー確かに付き合いの長い患者さんであれば深入りしてしまい、感情的になってるのかもしれないが…。

でも、もはや時間との戦いなのではないかと考えます。

 それなのに、やれ「検査をしてなぜ病気が見つからなかった?」とかうちの病院の医者はそんなのも診断できないのかだとか言って責任論を言っても仕方ない。過去のことを言っても、実際に病気は存在するし、治らんかもしれない。ほんとのクライアントにとっての優しさを考えて欲しい。

問題は、動く〝的〟だと表現されるが、過去にそこにあったからと言ってじーっとしてない。

年を取ると判断が鈍くなるのだろうか?