PDCAサイクルというものがある

まず、それが判断。気づきともいっていいでしょう。まず、計画を立てる前に問題点に気づけなければならない。何も気づかなければ、計画も目的もなく昨日と、それ以前と同じことやってればいいでしょう。
もう、職場に新人さんが来てはやくも半年になるというのに

判断は出来て…そう、(これは異常事態だ)と気づく事が出来る。でも、これでは何も事は変わらず行動を起こせない。何をするかの決断ができなく、他の人に「どうしましょう?」と聞く。聞くどころじゃない、周り中に聞きまくる。そうするとどうなるか?というと、判断に自信が持てなくなり益々行動が起こせなくなる。
そして、最終的な結果なにも出来ない。しない。相談に乗った相手の時間を奪い、仕事にならない。だから、同僚も嫌な顔をして煙たがる。
私も、先輩として助言として…判断材料までは与えます。先日書いたブログの内容の、職分と言う名の私の仕事の領分だってある。だから、こうしろとは命令しない。だって、後輩だろうが私より20年もキャリアは上の方だ。やり方や、方法、判断なんてケチのつけようもない。じゃあ、決断し行動をしないのにはその行動に伴う責任を他者に押し付けようとしているように感じるからだ。他意の有る無しに関わらず。
それが、自分の仕事であれば、私はそのリスクを請け負うが他人のケツまで持ってやるほど私はお人好しでも優しくもない。その分の給料ももらってないどころか、同じ給料で仕事しない人の分までリスクを負うのも辛いでしょ?
これが仕事ならいい。文句言われても黙って給料もらい続けられる厚顔無恥な方もいる。転々と職場や周りの環境のせいにして逃げ回るのもありだけど…卑屈な人生だなぁって。
よく人生に置き代えるけど、生きることだったらやってられない
もう渡り鳥のように移り住むしかないのだから。
決断して、行動しなきゃそれが正しかったかどうかの評価も改善もなく…足踏みしてしまう。それがこの人の20年のキャリアだとしたら無為に過ごした時間に充実した数日は勝ると。
