子どもを産むと人間変わった様になる人がいる
嫁の元同僚の先輩だってそんな感だった
なんで?かと言うと
やっぱり、子どもが目に見えて大人の自分からすれば未熟だからだろう。
その未熟さって教えたからすぐに効果が出てなんでも出来る訳じゃないし、出来ないからって見限ってしまって縁を切ることもできない
結局は、望む望まぬに関わらず許すという大きな心を持たざるを得ない。許す。すなわち、あるがままを受け入れる心を持つしかない。
家庭で、それを経験していると別の部分でもそうなるのは良いことなんだろうかと思う
だってそう簡単に、人を変えられない事を知っているし、成長を待ったり、寛容になれる。
仕事や、会社ではそうもいかない。
許容出来ずエゴとエゴのぶつけ合って、より強いエゴが他者を飲み込んで塗り潰す。〝それらしい理由をつけて。〟
別に譲歩しろとは言わないが、話し合ってより良い答えを探す努力は出来ないのか?模索しようとは思わないのか?
そんな風に思ってしまう。
どの時点から、どういう視点や立場で…どういう気持ちでかが変わると受け取り方が変わってしまうが…それでもどうにかなんないのか?
自分は欲張りなんかなぁとも思うし、これ自体も私のエゴなのかもしれない。
ただ、1つ確かなことは大きな事を成そうと思えばひとりの力では無理って事。仲間や、もしくは後進を育てなければいけない。
『ビジョナリーカンパニー』の中にはそれが、どんなに有能な人でもその人だけであれば刻を告げる人であり、時計を作る人と表現される。時計作る能力は人へ受け継いでゆけるから。
もっとわかりやすいところでは、自営の店の第2店舗を出そうと思っても信用出来る仲間がいなければ店を任せられない。ずーっと、一店舗で終わるしかない。任せても自分と同じことが出来なければ二店舗目は潰れてしまい、本社にも影響を与えてしまう可能性だってある。
人を育てるって、大事である。だから、子育てひとつだって馬鹿にできない。