コーチングの話である。自分の輝けるプレーや記録を人を同じような結果を出させることが出来るとし、教える指導方法がある。また、自分個人ではなく自分の所属したチームが上手く機能し素晴らしい経験を根拠に、その人に合わせた指導方を模索していく方法があるひらめき電球

 以前も書いたが、皆が勇猛果敢な猛将な訳ではない。サッカーで言えばストライカーのように何点を取ったかと具体的な数値で表せるかも知れないがディフェンダーでどれだけ点数に繋がったであろうプレーを止めたなんか表現しようがなかろう。


 仕事でも同じである。

この役職を任せされた。それを鼻にかける人物は少なからずいるが…正当にその人物の適正な評価で任命されたのか?力不足であれば、もっと謙虚に周りに協力を仰ぎ、役割を果たしてゆくべきなのにそれまでと変わらず、もしくは天狗になり不遜な態度になるにやり権力は人を狂わせるというが、正にその通り。

これとは別に、仕事で自分がどうなったかが問題なのではなく何をなしたか?を重視する人がいます。そんな人は、自分の実力で…というのではなく周りが自分を頼ってくれてという認識ですので実力不足の自分を押し上げてくれたといった風に考えるので謙虚になります。正に神輿を担がれた状況となります。

 組織が今、正に発展途上で右肩上がりでポジティブなところであれば社風もとても前向きでそこでの出世もそれ自体を喜ぶのは良いだろうが、場末のいつ赤字に落ちてもおかしくないような組織での出世とでは意味合いが変わってきます。

 同じことを、敏腕先輩も話していました。「大事なのは、何かになるのではなく何を仕事でなしたかじゃないんかな?」続けて、「こんな私やけど、推してくれたのは患者さん達だった。」経営者から上手くコントロール出来るからコイツでいいや。と選ばれるのと、ユーザーからこの人がいいとオーナーに推薦されてこの人にしてくれたではまったく意味が異なる。実力主義なんていいながらでも、まだまだ企業の中では年功序列的な気風は残っています。

 そして、先輩はこうもいいます。「なんで自分に出来ると思ったのか?」です。

『東京喰人』の、主人公の別人格、佐々木琲世の言葉で「この世の不利益はすべて当人の能力不足」とあるがこれと同じことを言っていますえー?

 役職と言う名の権力。力を当たれられたのだから、もちろんその力を使って組織を十分に動かさなければならない責任が伴います。

 当人が認識してようが、していまいがこれは絶対
です。いい大人がこんな事も知らんのかと思いますアセアセこれも権力が人を狂わせるのだろうか?

 先日の私のボランティアの話でもそうです。お師匠に、言われたように総責任者する?と言われても簡単に「はい」と言えないのには、師匠から聞いている警察署に同じ話をしに5箇所以上、消防にも同様の話を。もし事故が起きて死亡者が出たら誰の責任?という話を知っていたら喜んでするわけもなかろうに(笑)あせる

 一生、ヒラが気楽でいい



という言葉も聞いたことはあると思いますか、これはこれで…実績を積まず、技術も磨かず同じところをグルグルと回っているようで哀しいと思いますがね汗

 現場のトップがうちの部署に来て、大きな溜め息つきに最近よく来るそうですぼけーまだ、事例が出てからひと月でこれだけど本当にクビにされる人のためのポジションだとしたらまるで処刑台のよう。

 改めるべきは、自分の心のあり方なのに…不憫な方だ。