昨日のブログは、溶連菌にかかって熱を出しながら喉の痛みと偏頭痛の中書いてたせいで…論旨がズレて何を言いたいかよくわからんグダグダだったように振り返りますショックまぁ、言い訳です笑い泣き

 先日、職場であった話です。
医師より患者情報を問われた。

私「そうですねぇ…。お勤めに関しては休みがちですかねぇ」

逆に、ほぼこの患者さんの専属担当の敏腕先輩は相対して「勤めに関しては、2回が1回に減っていますが確実にその一日は行くことが出来ています。別の活動にも精を出してます。」

え?

医師「減ってるって言ったじゃーん」と顔を緩めながら私の顔を見つめているが…私はあえて視線を合わせない。


 少し、考えたがこの違いがなにかと言うことである。本来なら、2回しなければならないことが1回に減っているのだからその割合は50%である。私の評価では、この人は出来る人だからそれが75%なり、なんなら100%でもいいくらいだと考えている。そもそもの目標設定がそれだけ高くないからである。

反対に敏腕先輩は、1回が適正でそれを達成できたからいいでしょ?ほかにも頑張ってることあるし。

どちらが正しいとも言えませんが、各々の評価です。私は相手を過大評価していると言えるし、敏腕先輩は過小評価しているとも言えるでしょううーん

これは、他人が他人を評価している場合です。

でも、自分で自分の評価を意識的にも無意識的にも行っているというのだ。

 そして、自分の判断は正しいと思っているからそれが行動に反映される。

 自分には、その課題が達成出来ないからやらない。もしくは、過去に達成したあのケースに似ているから達成出来るかも?挑戦してみよう。

やらない人は、出来ない人ではなく、どうやったらやる気持ちになれるかを知らない人なのかもしれない。まずは意識を変えること。自分ができると思える根拠って、結構曖昧なもんだ。実際、自分の努力によって達成出来た経験かもしれないけど…どうなるかわからないけど、行ってみた海外旅行で言葉も文化もわからないけれど人と通じあえた。なんとかやっていけた!そんな達成感程度でもいいのかもしれない。

そんな意識を変えるための経験であれば、失敗だって失敗じゃなくなる。課題が大きすぎれば少し小さい課題を選べば良い。アプローチ方法を変えて再チャレンジしてもよい。独力で無理なら協力者を探すことから始めても良い。


そして…


階段を登るように、一つ一つ出来る事を増やしていくしかない。それが力を得る事であり、自分の力への認識となる。