うちのおチビ達が通う保育所に、変わったお母さんがいます。

(あぁ、これがモンスターペアレントか)と勝手に思い込んではいますが、嫁が役員として子どもの保護者会などに行くと…とんでも発言ばかりしていますぼけー私が先日実際、聞いたものも「コイツがご飯食べたかどうかも知らんわ(笑)」とか。嫁から聞いていたのも、保護者会でこの一年で子ども達にどんな成長がありましたか?という質問では、「ウチの子はどこも成長しませんでした。」という事を発言したという。

 本当に自分の子どもに関心がないのか、ほかの保護者の注目を集めたいのか?しきりにイケメン保育士の先生に積極的に話しかけているところを見ると、保育士さんに〝自分〟が構ってもらいたいのだろうか?えー?はたからみてると、甚だ知能が低いのを感じさせる。

 子どもの叱り方も然りで、保育所を卒業したお兄ちゃんを叱るときも小学生同士が小学生を叩く様な感じでパーンと真顔お兄ちゃんは気にする素振りもなく、日常的に行われている事なんだと思いました。その後も、一生懸命イケメン保育士に構ってもらってる間も子守りをしているのはそのお兄ちゃんでした。正に子どもが子どもを育て、母親が子どもっぽいからお兄ちゃんが成長せざるを得なかったように感じました。

叱り方や関わり方しかり、互いの関係性と関わりの成否は当人同士にしか分かり得ないという事だというのだ。だからって、第三者で私はクビを突っ込むのも嫌だ…と一切関心を持たないのであれば、世間で話題の児童虐待や行き過ぎた教育なんて起こらないだろう。よくイジメの話では、やっている者も、知っていて放っておく者も同罪だと言っていたが…そんなモラルもクソもないのかもしれない。

 日体大の問題でも、暴力行為の問題から今は、組織のあり方の問題になっているという。自分が、どの立場で、どの人から話を聞いたかで解釈も感じ方も違うけれど…

 根本的な問題は?と考えると、先日ワイドショーを観ていたらカンニングの竹山さんが的を得たことを言っていたので驚いたびっくり「結局、(監督の)権力に伏して組織全体の保身を考えると受験を考える学生は来ない。結果として、大学は潰れます。そして、これまで現在活躍されている卒業生のキャリアにも泥を塗ることになりかねない。」いかに真実の眼が必要かという事。真実とは、情報の提供者の主観や、立場によって容易に変わるという事である。それこそ、そんなものに流されるのもどうかと思うが無関心こそ一番の問題だと思う。

養老孟司の言葉で、今の時代は0と1の意味があるものにしか価値がないと考えられているが、その意味のないものとされるジャンクに個性が存在するという。その雑音こそが人間の本質と。

 それも無くなれば、やはり人は成長しなくなるんだろうなぁと。