私の中でも、モチベーションをどうやったら人に与えられるか?自分以外にもヤル気を出させるかが最近のテーマです
私の考えでは、モチベーションというのは心の健全性ではないかと思います。困難なことに直面しても、頑張れるか否かは心の問題もありますが…身体が病であれば心も塞ぎ込む。どちらも大事なのは確かにですのでご自愛下さいませ。
さて、最近仕事であったことを書こうかと思います。
ある精神疾患患者さんとの関わりの話ですが…こんなことがありました。(患者さんの名前を〇さんとします。)
〇さん「腰痛看護師さーん。」
私「はい?どうかしましたか?」
〇さん「アラームが鳴ってましてね。もうお薬飲んだから止めていいですかね?お昼のお薬をアラームが鳴ったら飲むことになってるんですけど…。もう飲みましたから。」
私「どうぞ、どうぞ。」
たぶん、他の人が聞いたらあれ?どういうことと思うはずである。
元はと言えば…内服の管理のために行った約束みたいなものである

・時間がくる
↓
・ケータイのアラームが鳴る
↓
・内服をする
の流れであるが、目的意識が乏しいのか?時間的な概念がないのか話が結びつかないのである
ということはである。
他者との約束が守れない。例えば、時間であったり、集合場所であったり、その場所での決まりごとであったり。物事の認識や、解釈もズレやすかったりするので生き辛さを想像してしまう
目的や思考が点在して、記憶として残るが…その関連性が歪んだり、途切れ途切れするから、精神が統合出来ていない。統合失調症とか、旧精神分裂症というのもわからなくはない。疾患だから、自身では隠さず発言していて気付かれやすいが健康な人であれば隠すのが上手くなる。人に合わせたり、知らなかったフリをしたり、嘘をしたり
隠せない理由にもう一つあるのは、約束を守れないことで、ひどい言われ方や仕打ちを受けたから不安で確認行為をしなければならない。自身の認識のズレがないか?
さきほどは、目的意識と表現をしたが関心とか、人の話を聴く心構えとも言える。私だって、そんな事がある
ということだ。
ということだ。 娘とカウンセリングを受けて、学校に行くのに…通学のための物理的要因を取り除く。つまり、送り迎えをする
だとか、昨日の限度を示してやるというところでは出席簿のようにスタンプ帳のようなものを作ってやるだとか…。〝学校に行けないのに〟学校に「行きなさい、行きなさい」と言うのではダメだと言うこと。仕事では、問題を解決する具体策や行動を起こせていたというのに、こと子どものことではからっきしダメだったという話。もちろん、思いつかなかったわけではない。送迎だって、考えたが無理だと諦めて…代案すら考えられなかった
駅までは原付で行って、学校の周辺駅に自転車を設置してやるとか…。
だとか、昨日の限度を示してやるというところでは出席簿のようにスタンプ帳のようなものを作ってやるだとか…。〝学校に行けないのに〟学校に「行きなさい、行きなさい」と言うのではダメだと言うこと。仕事では、問題を解決する具体策や行動を起こせていたというのに、こと子どものことではからっきしダメだったという話。もちろん、思いつかなかったわけではない。送迎だって、考えたが無理だと諦めて…代案すら考えられなかった 行動という、点と点を結ぶためには目的意識や関心がいかに大事かを学ぶいい経験になった
もちろん行動するためにはモチベーションがなければ行動を起こそうとする意欲すらわかないけどね
