『GRIT』という本を最近よく読んでいる。というのも、著者には2人の娘がおり、その子どもを粘り強さを持つよう立派に育てるよう使命感を持ってこの研究に取り組んでいるからであるひらめき電球

 特に、最近読んだ項で気になったところが

自由を与えると同時に「限度」を示す

というところ。優しい育て方と厳しい育て方とどっちがいいのか?という話がされ…結論は、どちらも共存してもいいのではないのか?ということひらめき電球

 うちの家庭では、この本で例に挙げられた家庭のように基本的に選択の自由を与えてきたつもりだ。

だが、カウンセラーの先生の話では今、分岐路に立っていてこっちの道に進むと決めたら引き返せないから怖くて選べないというのだえー?だったら、狭めてやって、「なぜ、それをなのか?人の役に立てる仕事といえばはっきりいってこの世の中の全てだとも言える。医療でなのか?どう役に立ちたいのか?」などを聞いたのだという。そして、近日あるオープンキャンパスを見に行く大学を自分で選び、学部を選び…結果、自分で決めた感を持たせるのを与える必要があるのだと真顔あとあと、人のせいにしよるからなぶー

 さて。GRITをやり抜く力という忍耐力と言うか、努力の才能なんかと考えてしまっていたけど…認識のズレで、これは「行動を起こす」の最初のエネルギーから、結果が出るまでやり抜く。やり続ける。

 人にどうやったら、そんなパッションというかやる力を与えられるかのヒントがいっぱい散りばめられた良書だと思うおねがい今の自分に対しても、他の人に対してもキラキラ

私も知らなかったが『文化』の話で、人々が明確な理由を持って、「自分たちはこういうやり方でいこう」という所には独特の文化が存在し、世間一般と異なるほどに、集団の結束が強くなるという。心理学ではそのような集団を「内集団」〔連帯感や共同体意識をもった排他的集団〕と呼ぶらしい。

だから…

「偉大な選手」になるには「偉大なチーム」に入るしかない

という話には妙に納得がいったぼけー著者も、それを聞いたインタビュアーの話に偉大な選手でなければ偉大なチームに入れないのでは無いのだろうか?と思ったが…エリートチームほど自分たちの基準の高さを死守しようとする。無茶なトレーニングとかするから。簡単な話で、そういったチームの意識が高い人といれば、自然と意識が高くなるというのである。

 以前、謎の経営者のじいさんに言われた…過ごす友を選べと言われたことを思い出す。

 このやり抜く力を磨くために、ある活動を一年以上継続、進歩することが必要とあるが…、友人に言われたブログを一年続けるというのもそれは経験からくるものかもしれないけれど正にこれに当てはまるのだからそうなんだろうなぁにやり

まっ、出来ない人は何聞いてもやらないし、そもそも意識してないから情報として残らないのだろうけど笑い泣き何しろ、やり抜く力にやる力も含まれているのだから。与えられ過ぎ、簡単にごほうびをもらってた人にはその力は得られにくいらしい。昔と今を比べると何となくわかる気がするなぁ〜