よく、政治家や会社の経営者なんかが会見で「意識の改革(変革)が必要だ!」という言葉を聞いたことがあると思います。

 意図的に、規則を破って人を陥れようとしたり傷付けたりする事は反社会的行為であったり、犯罪であるが…

では、無意識で組織や団体に不利益を与えたり人を傷付ける結果となったとしたら?

極論だが、それで組織の存続が危ぶまれたら?問題行為をした組織員が罰せられ仮に職を失っても仕方ないと思うけれど…まじめに頑張ってた同僚や上司、部下に罪はないビックリマーク

 あるとしたら、そんな行為を行う人員を雇ってしまい、組織が誰かに迷惑をかける事を未然に防げなかった事に対する謝罪があの会見だひらめき電球

 お互いに言い分があるけれど…従業員と雇い主の言い分ではスケールの大きさが違う。昨日のキャベツを千切りの話じゃないけれど…キャベツを刻んでいる人は、仕事は「キャベツを刻むだけ」が仕事だと思っている。でも、仕入れや、キャベツを運搬する人、刻む人を審査する人、検品する人、商品の発注を受けてくる人、宣伝する人…etc.どれが無くても会社は回らない。それを難しくいうと運営出来ないというのだ。

でも、キャベツを刻んでるだけの人にはキャベツを刻むだけが仕事にしか見えないびっくりだから、自分は頑張ってるから給料を増やせだとか、人を雇ってきたのにも関わらず新人をいじめ潰してまた他の人の仕事を増やす迷惑行為をする人がいる。本来であれば、考えなければいけない事はたった一つだけだ。

商品は何かは知らない。でも、どんな商品でも生産性をあげることだけだ。量を増やすだけでなく質を上げるなと…広く、多くの人を幸せにすると言ったところか。

 経営者は組織のオーナーなので組織が潤うと、結果自分が潤う。いわば、スポーツで言えばチームが勝つことで評価を得られる監督と、プレイが良ければ評価される選手の違いである。

当たり前だが、選手が目立ちたくてスタンドプレーに走ったら困るだろう。スタメン選手が勝ち星を上げてくれているのにかまけて、ずーっと控え選手で生活最低限の給料さえ保障されてたらその控え選手もスタメンになろうと頑張れるの?

 結局、その意識の違いが仕事に対する謙虚さであったり情熱に現れる。

 「もし、仕事をしないで今までと同じ給料をもらえるとしたらどうしますか?」


これに対して辞める。と答える人は哀れに思う。
だって、そんな状況は未来永劫起こらないだろうから。そして、仕事は罰と同じでしたくない事だから。人生の三分の一は仕事が占めてるのに、それが罰って…心もクサクサしてくるわな汗

 そんな人が大半いる中で、ホリエモンのように仕事を遊びにする。の様に言う人に強い羨望と嫉妬の感情を持つだろう。でも、成功者の多くは言わないだけでもしくは仕事を罰と考えるような人には話す機会すら持てないだけで仕事をしたくてウズウズする。それは、経営者であっても、従業員であっても同じ。自分の役割を理解し、仕事をやり遂げていれば、あるのは毎回達成感だけだ。そして、仕事の報酬はまた仕事だ。

 キャベツの千切りが仕事なら次は半分の時間で、同じ量を出来るように。もっと均一の太さに切れるように。自分が出来たらその工夫を新人に教えて4倍の効率を出す。とか。給料が見合わないと思うなら辞めてしまえばいい。でも、辞められないのは自分の技術にやっていけないからでしょ?別の環境ではやっていけないと思うからでしょ?

 存外なんとかやっていけるもんです。

自分が変われないと思うなら、そういう環境に身を投じるのもありかなニヒヒそれぐらいしないと意識が変わらないのかもしれないですね笑い泣き