昨日のブログの出版社に勤める女性の話を書きましたが…これと同じように無自覚なままに、みな特別な力を持っている
『〇〇依存』という言葉があるが…
依存症は、無自覚であるからタチが悪いとも言える。例えば、タバコ…。身体に良いと思って吸ってる人は少ないだろう。ストレス解消?のつもりがどんどん吸い辛いけど世の中になってきて…やめたいと思っても辞められないのも、またストレスだろう。スマホだったり、ギャンブルだったり、それは人だったり。
コーヒーなんかにも依存性を感じる事がある
私は、朝コーヒーを飲むと、午後からもまたコーヒーを飲む確率が高いような気がします。一時期控えて意識的に朝飲まなければ、飲みたいとも思わなかったが一度飲むとなし崩しだ

糖質中毒という言葉まである。
自覚症状がないまま、〇〇依存に奪われるのは健康や、お金、時間と少なくないのである。しかも全部大事なもの。
では、もしそれをコントロール下に置く事が出来たとしたら?
健康や、お金、時間を守る事ができるのでは?
ペルソナの意味を再確認する中で、ペルソナに同一化し過ぎると、心の内面に目を向けられずに、様々なことを抑圧し、個性が発揮できない状態になる可能性がある。というのだ。
意味がわかりにくいけれど、高校生の娘は登校する前に化粧をしていく。それは、可愛くなりたいとは決して言わない。高校生という仮面の自分に武装した状態になるために違いない。髪を染めているのも、スカートを短くするのま自分のイメージの女子高生だが…無意識下では、量産型女子高生の1人になり自分と他者の区別が見た目ではあまりなくなり、個性的では無くなるという矛盾が起こる。自分は自分であっていいはずなのに。
その判断基準が、自己基準でなく、他者からの基準になりつつあるのが今の繋がり過ぎた世界の子ども達。
ペルソナ5では、これを集団的無意識と表現しているが圧倒的な自我を持つ人間がそれに抗い独自の世界観(パレス)を持つボスだったりする。そして、ひとかどの人物となる。ホリエモンをイメージして欲しい。注目を言動で集める。でも、空気を読めない彼はあまり広く好感度が高くない。が、彼の様になりたいと憧れる人は少なくない。芸能人の多くがそう。圧倒的な個性を貫いていて、結婚生活が続くとはとてもじゃないけど思えない。だって、一緒に生活するということは相手をどれだけ許容するかというものである。話がズレてきたが…
無自覚な部分、無意識の領域を以下に自分の意識化に置くのかが強くなるための鍵になるのではないかと思う。そのためには、自己との対話が不可欠といえよう。