毎日、あ〜でもないあせるこ〜でもないとグダグダ文章とした形で残しているのは、友人のススメられるがままに始めたものの、やったらやったで自分なりの目的が見えてきたものもありますおねがい

 だいたいよく思うのだけれど…「やれ!」と言われたことでもやらない人の心理がよくわからない。

 さて、何故そんな話しをするとしますと私の仕事についてを語らねばならぬかにやり

 まずは、整形外科メインの病院で勤めていてこの分野の特徴はというと悪いとこ…例えば、骨なんだけどそれを形を整えて、固定して、自然治癒力で骨がくっつくまでの期間安静にしとけば基本的に良くなる。まぁ、長くともリハビリ込みで半年もしないうちに大抵の人は退院して元の生活に戻れるアップそれは、わかりやすい形で自分が関わった患者さんが元気になる、そんな結果が出るのが働いている者としても精神衛生はいい。

 それが、「子育ても大切だ〜」ということで精神科に勤めることとなった。私の関わる精神疾患の患者さんは比較的病状が軽いので、なんとか社会で生活出来ているが生きにくさを感じさせられずにはいられない。

 だって、心の病は骨折している人のように目に見えて病状は見えない目身体は元気だが、その生き辛さを理解してくれるほど、世間はそんな優しくない。

 例えば、うつで働けない。何もしたくない。生きていたくない…なんて言う人が居たとしても、知らない人が見れば何を甘えた事を言っているんだ!頑張れよ!努力しろよ!とか言ったら、最悪その人は自殺してしまうかもしれない。

 〝言葉一つで人を殺せる〟


というが、それだけ『言葉』に対してナーバスになる。使う言葉だけでなく、タイミング、状況、表情、ツール、ジェスチャー…などなど。

同じ場面なんて、絶対ないからあの時ああしとけば…というたらればを話しても想像の域を超えないから考え続けるしかないびっくり

 身体は健康なのに、心が極端に病んでいれば真っ当な生活は送れない。幻聴のように、表に出てくる症状を陽性症状というが…神?なのか脳内の電波なのかわからないものに、家族を傷つけろなどの命令が聞こえたりする人は、自分でその命令を聞かないため耳を切り落としたり、そこまではいかなくても何もないところで土下座するような人がいたらやっぱり一緒に生活は出来ないだろう。

何年も、何十年も病院生活していて、治らないのが精神の病気であるぼけー

もちろん、治る方もいるが軽い病状だったのだろう。だって、気付かないだけで隠れた精神疾患の人はごまんといると言われている。

精神科で勤めるようになり、一般の人でも、うつ・躁鬱・発達遅滞・パーソナリティ障害などなど…病的とまでは言い切れないが、属性的にどこか寄りなのかはなんとなくあるような気がする。私であれば、うつ寄りの人である。自己評価が異様に低いのは、被害的にものを捉えがちだし、基本ネガティブだ。ただ、切り口を変えれば自己評価が低いから自分を投げ打って人の為に尽くせる。恋愛一つでも、直球とかいうレベルでなく人生賭けて背負うくらいの覚悟で付き合うし…ネガティブなところも物事を否定的に捉えるのは斜に構えられるとも言える真顔

 精神的に、本当に病んでる人と接する時に自分が健康でなければ…染まってしまう、引き込まれるという。

だからうちの妻なんかは同じ看護師でも一生精神科では勤めないと断言しているし、私も素直過ぎる妻はしない方がいいと思う。ミエル人には、優しいから子どもの幽霊連れて歩いてるとか言われてるしガーン害はないから大丈夫とか言われてるけど怖いわ汗

 病気を知っているからこそ、健康でありたいと思う。だから、向上心を持たない心は果たして正常なのか?と感じる訳です。それはうつの人が、無気力になっているソレと違うとは言い切れるのか?