アンジェラ・ダックワース著の『GRITやり抜く力』における、彼女の理論は

才能×努力=スキル

スキル×努力=達成


〝才能〟とは、努力によってスキルが上達する速さのこと。〝達成〟 、習得したスキルを活用することによって表れる成果のこと。

 もちろん、優れたコーチや教師との出会いなどの〝機会〟に恵まれることも非常に重要だ。むしろ個人的などの要素よりも、そちらのほうが重要かもしれない。そして、努力がどちらにも入っていること。


 

私が今現在、常日頃から意識するのはこの〝機会〟というやつである。このアンジェラ・ダックワースのいう理論の×(掛ける)の部分に当たるものだと私は考える。それを見ようとしている。

例えば…、人員の配置が決まっている中、自分は自由に動き回れる立ち位置なのでどこがウィークポイントでフォローが必要になるか?予想を立てて手を打っておく。全体の調和を中心に置いて、仕事全体の枠組みをいかに良くするかを考えるえー?これは舞台における台本みたいなものだと思う。周りは自分の役さえ演じていればいい。だけど、芝居は台本が無ければ始められないし、役者が役を演じきれ無ければ芝居にならない。どちらも必要だ。

 人・もの・金を管理すると言っても、今の私には人をどうこう動かす権限がないからこういうやり方になる訳ですぼけーもの=サービスになるのでその質は結果として向上しているはず。金に関しては、プラスαで他の部門にも声を掛けたりして業務以上の利益を出している。

 たまたま立ち位置がそうだからというのもあるし、敏腕先輩からもこの職場の礎を作った方の過去の計画・遺産を形にしようとしているに他ならない。それが、自分の管理能力の勉強になるからというだけであるがショボーン

 以前、桃太郎の話の心理テストの中で書いたように嫁は私と共に戦えない存在である。職場でも、仕事の内容は同僚は与えられた役割をこなすのが精一杯だし、現管理者が辞めれば仕事を辞めると明言しているくらいだし…意外とこの医療業界はそういう人が多い。同級生が主任という役職になったと言うが、給料が下がるというジレンマガーン出世したがらないのも訳が無いのか?

 兎角、誰にも話をできない事は孤独なものである。経営者にもなると、企業の根本にも関わって来てしまうのでより一層だろうなぁ。と今から想像してしまうのであるうーん

 時折頑張っている自分を見失いそうにもなるし、嫁なんかには、長く居るつもりもない職場で頑張る必要なんてないのでは?とか、もう人の下では働けないのでは?とか言われます。こんな事に耐えられない様では、経営者の孤独なんて耐えられないに違いない。今は辛抱しながら目の前の事に集中するだけだプンプン