昨日のブログでは、『師匠と先生』といった言葉の差異を取り上げてみましたが…今回は『テストと試験』を取り上げてみようかなぁなんて思います
先日、看護師の国家試験がありましたし…娘なんかも高校の期末試験があるので実はテーマとしては温めていたものです
テストとは?と言われるとテストはテストだろと思ってしまいますね
これをわかりやすくするには、テストを名詞としてテストを受ける日と考えるのではなくテストするという動詞と考える方がわかりやすいと思います

そのテストするという言葉の主語は…というとテストを作る側と思われがちではありますが、テストを受ける側も目的意識の有無次第では主語になり得るでしょう。テストの目的は、気づかなかった盲点や異常・欠陥や弱点の洗い出しになるのです。
では、試験は?というと篩(ふるい)である。大前提として、落とすためにある。その試験という名の篩の目にかからなければ、淘汰される運命にあります
その試験に落ちないためにテストをしているにも関わらず…テストの段階で失敗したらダメと考える。もしくはそのように教育される人間がいる。これは大きな間違い

うちの娘なんて、テストの結果が怖いからってテストの日すら休む(テストを避ける)という事を繰り返していた
どんだけストレス耐性が低いのか、自分にどれだけ守るべき自尊心みたいなものがあるのか教えてもらいたい
現実と向き合わなければ前には進まないのです。
現実と向き合わなければ前には進まないのです。 試験は、なにも学校の進級試験や入学試験だけでなく、社会人になろうとしたら就職試験。面接試験がある。試験での失敗は人生に大きく影響してくる
だから、失敗しないに越した事はない。そして失敗したなら失敗したで、前向きに受け止める必要がある。これはテストと違って避けようがなく、合格か不合格かどちらかしかない。
実を言うと私の母が、国家試験を受けたが自己採点はしないという
ほうっておいても通知は来るし、さっさと結果を出してしまえばいいのに…その期限がくるまでモヤモヤしながら待つ事を選ぶ様です
その方がよっぽど精神力いると思うけどなぁ〜
マラソン選手だっていきなり本命の大会に出るのではなく、本命と同等のクラスやコースが似た大会に出るでしょ?それと同じで試験をパスするために、テストを上手く使ってモチベーションやコンディションの調整をしていく必要があります
逃げても逃げても、いつかは判定される時が来るので「準備不足でした」なんて言い訳をしようとも結果に出てしまう。それすらも娘にとっては勉強になると思って見守っています
自分も国家試験が控えておりますので頑張らないと…と思いますが長丁場なんでぼちぼち行きますか〜
