以前も書いたかもしれません。が、YJを立ち読みに行った際に、『バーテンダー6stp』の新刊が出ていたので買って来ました
冒頭の一話目のワンシーンから、
私は君の師匠です。先生はありません。
先生とは生徒が望まなくても物事を教えてくれる人
師とは君が望んで教えを請う人
君にやる気がなければ 私に教えられることはなにもありませんよ。
さて、昨日の私のブログの中で…話の聞き手の能力も重要と記しましたが、それ以上に心理的な面で、この教えを請うという心構えが出来ているかが大切なのだと感じました。
読書をしていてもそうです。私にとって読書とは、対話だと思っています。読書を勧める本の中には、読書は格闘技だ〜なんてセンセーショナルなタイトルの物もありますが自分の理論が正しい!説き伏せてやる!!なんて返事も返ってこない様な本に文句を言っても仕方ないので、著者の主張をまずはじっくりと聞いてみればいいと思うのです
だいたいブログで書くときもそうですが、ワンセンテンスしか切り取って使わないですが本文の中にはそれを裏付けるような内容が書いてあって私としては一応の理解をしてからココで使おうと決めるのです。それが私の主観という名のフィルターである

受け入れ難い話しであれば、自然とマネも出来ないし…気付かぬうちに忘却の彼方です
下手したら引っかかりすらしません。(だって当てはまらないから使えないもん)
それでも、引用するのには理由があって…自分では体験し得ないメソッドや機知に富んだ表現にこれなら伝わり易いのでは?この研究データとかも話の裏打ちに使えるのでは?と考えるからである
昨日も書いたサイクリングリーダーの資格取得をした際、私以外にあと同年代では女性の方が一人いる。私の師匠といつも一緒に活動されている方を〝師匠〟と呼んでいるが、師に雇ってもらっている訳でもなく何か契約がある訳でなく勝手に生き方から学ばせていただいているし、同じような活動をしている
もしや、知り合いが話していた女性経営者な人なのか
その知り合いが女性のことを胸の大きさでしか表現出来ないから困ったものだ
名前も覚えてなかったし
今回、名前もわかったし確認してみよ。
その知り合いが女性のことを胸の大きさでしか表現出来ないから困ったものだ 昨日は、話す時間が無かった師匠に近況報告を今日メールでしたが自分を見返すいい機会になったけど…やらないといけない事だらけで吐きそうだ
あぁ、今週末には自転車関連のまだ全国公開してないのを観に行く事になりました〜。
嫁とデートです
労わねば、労わねば。
はぁ〜
たまにはゆっくり寝てたい
