仕事でも、子どもの教育でも共通して考えさせるのが〝優しい〟ってなんだろう?って事である
知らんがな
先日の仕事のミーティングで、催しの振り返りをしました
私も、めんどくさいから余り意見を言う方ではないですが無駄に毎回ダラダラ長い話し合いをするのでさっさと終わらせたい意味もありピンポイントで意見を言いました
私
「この手法や机の配置を考えた理由は何ですか?前回の会議では出てませんでしたが、いつ決まったんですか?」
実行担当者
「今朝です。上司に相談して助言をもらってです。」
上司
「かばう訳ではありませんが…。この子は昨日も21時まで残って頑張ってたんです。」
知らんがな
真面目にそう思いました。上司に言われた通りやって、意図は無いって言われたら…この人には判断基準は無いのかと思う
やる気が残業した事って…人手が足りないなら割り振るべきだし、今回のミスを活かして次の企画に活かしたいと言うならまだしも私に言われ放題で上司に庇われる始末。別に責めてるわけでもないんだけど、上司の教育がなってないから部下が出来てないんだろうと伝えています。っつかこんないい加減な企画を持って来るなと
相談できる上司も同僚や先輩がいないと思うとかわいそうだけど。実行担当者の同僚たちは当然沈黙。当番制で回ってきた順番が済んだら終わり。言われた事もはい、はい聞いたフリをして終わり
私たちだけのご意見発表会になり、毎度の如く私の部署の同僚に「怖いわ〜」っと言われるだけでした
私たちだけのご意見発表会になり、毎度の如く私の部署の同僚に「怖いわ〜」っと言われるだけでした
話は変わりますが、娘をこっぴどく叱りました。
普段、私は感情を露わにしたり、叱ったりも極力しません。
今回叱った理由は、バイトを無断で辞めるという事をしたからです。「人様に迷惑をかけるな」とおじいさん、おばあさんが言うのと同じです
自分の中で正しいか間違っているかの判断と、その責任を持ちなさいという事を伝えています。ましてや、バイト代という金銭を得る為に〝契約〟を結んでいます。原始的な時代であれば、ジャイアンの様に暴力を振るい人を自分の言いなりに従わせる事をしたでしょう。でも近代の社会では、そんな事をせず労働に対しては報酬を…とお互いが納得のいく形で契約を結んでいるはずなのである。これが社会契約論ってやつで…じゃあ、これに従わないなら何に従うの?と思うわけです
自分の中で正しいか間違っているかの判断と、その責任を持ちなさいという事を伝えています。ましてや、バイト代という金銭を得る為に〝契約〟を結んでいます。原始的な時代であれば、ジャイアンの様に暴力を振るい人を自分の言いなりに従わせる事をしたでしょう。でも近代の社会では、そんな事をせず労働に対しては報酬を…とお互いが納得のいく形で契約を結んでいるはずなのである。これが社会契約論ってやつで…じゃあ、これに従わないなら何に従うの?と思うわけです 当たり前の話にですが、大人の世界は契約に満ちています。アルバイト代を稼いで例え2、3万の大きな金額の物を買えるようになって一人前のつもりかもしれませんが、携帯やローンの契約なんて出来ません。それって、金額こそ大きくなってますが小学生が駄菓子を買うのと同じようなお金の使い方しか出来ないし、社会的信用がないという事です
それでも、私は『契約をしたのは自分なのだから、きちんと解約しなさい。(バイト辞めると伝えなさい)』と言いました。これは娘を、自分の責任は自分で取れると信頼してるから任せる(見守る)訳ですが…
最終的には
『本人には伝えないで欲しいけど、情けない話ですがお店にご迷惑をかけてはいけないので辞めると言っていたのでご連絡させていただきました。』と嫁が連絡してしまいました。
私は娘の成長の為と叱った。
反対に、嫁は娘の望む様な結果を作ってあげたがある意味『コイツにはケツ拭き出来ない』と見限った訳です。
連絡した結果、店長さんからは「理由はわかりませんが、連絡くれたら良かったのに。頑張って働いてくれていたので、私個人の希望として続けて欲しいのは続けて欲しいですがアルバイトなのでそこまでは強制出来ないので…わかりました」
そう。娘自身が気付いていない、社会的価値もこの店長さんから伝えてもらえる機会も奪ってしまった訳です。(こっそり辞める電話したから本人には言えない。)
優しいとは、その人のためになることですか?
それともその人の望む様になることでしょうか?
もちろんケースバイケースなんだろうけど
書き忘れてた
追記です。
先日、長男が車の中で…「ママはいつも優しいからコレあげるね」とチョコレートを嫁に渡していました
「パパはいじわるたがら、あーげない」と言われました
運転中だった事もあり、「ちょうだいよ」と後ろに手を伸ばすと銀紙のゴミだけ手に握らされました
泣き真似をして再度くれるか様子をみたけど、それでもくれなかった(笑)
3歳の子どもには〝厳しい〟という言葉はちょっと難しいかもしれないけれど、ニュアンスはちゃんと伝わっているようで良かったです