最近、子どもとウルトラマンのヒーローショーのDVDを観ていたり、何でだろと考えていると通勤途中にポロポロポロっと堪え切れず涙を流しました
私は、人より一歩余分に踏み込める、斬り込んで行けるのです。捨て身とは概念が違います。守るべきものがないから、死ぬ以外はかすり傷なんです
それが強みです。
自分でも理由がわからなかったけれど、どちらも『力』というキーワードが引き金だったように振り返ります。(通勤途中は理由を考えていて思考の過程は覚えていないけど、あるマンガの内容を思い出していた時です)
ウルトラマンのショーでは、光の戦士とライバルの闇の支配者とは別の第三勢力の怪獣にウルトラマンが飲み込まれてしまいます
そこで、立ち上がったのが闇の支配者で会場のお姉さんが言う訳です。「ウルトラマンがいない今、地球を守れるのはあいつしかいない。闇の支配者を応援してって」
地球の危機だし、なりふり構ってられませんな
子どもたちは「頑張れ〜」と叫びます。闇の支配者は、声援という光の力を受け取りそれを試すかの如く怪獣に挑みますが呆気なくやられてしまう。そして、言うのです。「ウルトラマン。お前の光の力に憧れた。お前はそんなもんじゃ無いはずだ。」と。
子どもたちは「頑張れ〜」と叫びます。闇の支配者は、声援という光の力を受け取りそれを試すかの如く怪獣に挑みますが呆気なくやられてしまう。そして、言うのです。「ウルトラマン。お前の光の力に憧れた。お前はそんなもんじゃ無いはずだ。」と。 アンパンマンが、別の敵にやられそうになった時のバイキンマンみたいな…ドラゴンボールの悟空がやられそうになった時のベジータみたいな感じ
思い出していたのは、藤田和日郎の『からくりサーカス』です。
力を求めたのに手に入らない、痛烈な無力感に苛まれた時の事を思い出してしまっていたのだと思う。
私のトラウマと言ってもいい、その経験は飼っていた動物を死なせてしまった事。手のひらの中で、最後の鼓動を感じた瞬間は頭がおかしくなりそうだった。しばらくは食事も取れず、何も頭に入って来ない。それでも、それを力に変えて前を向こうと獣医師になろうと考えた。そうこうしているうちに、妹が怪我をした鳥を拾ってきた。よく朝にはまた命が消えた。獣医師にこだわって、準備していたけれどセンター試験1週間を切る頃に大好きな祖母が急死。大学を辞めてまで、こだわって来た受験だったが…僻地にあるいなかに帰り葬式を済ませて寝不足と後悔の念でボロボロになって臨んだ試験はもちろん惨敗。
頑張れば頑張るほどに自責の念しか無かった。大学を辞めた時、学校に通ってなかったばぁちゃんが書いてくれた手紙はひらがなばかりだけど読んだら獣医師になるのを諦めてしまうと思い読まず…実家のどこかにしまったままだ。遠い田舎の島に住んでたので、10年以上会っていなかった。大学に合格したら1番に伝えようと決めていたのに。夢を叶えるために色々なものを犠牲にしてその夢を叶えられず、そんな自分は何も出来ない無力な人間だ価値の無い人間だと思った。
それから色々あって、そんな自分でも出来る仕事だと思ったのが介護の仕事だった。介護の仕事だと、出来る事に制限があるのでスキルアップの為くらいに考え看護学校に通った。学校に通う間、看護助手として病院に勤めた。
そこで、出会ったおばあちゃんの患者さんに「昔は医者になりたかったんですよ。っと言っても動物のね(笑)」と話した事があった。「あなたは優し過ぎるからなれなくて良かったのよ。きっと背負い過ぎて壊れちゃうから」と患者さんに言われ、少し救われた気がした。准看護師になりオペ室配属となった私だが、そのまま正看をの免許を取るため学校にまた通っていた。学校の都合もあり、オペ室は曜日が限られているので病棟にヘルプへ行くことがあった。夕食後の、口腔ケアに部屋に入るとあのおばあちゃんの患者さんが横になっていた。以前の様にお子さんも来られていたが、どこか雰囲気がおかしかった。それもそのはずで、おばあちゃんが亡くなってそれほど経っていない状況だった。私は私の無力を赦してくれたおばあちゃんの患者さんを看取ったとき、無力感を感じなくなっていた。最後に会えて良かったと思えた。結局、自分が救いたかったのは数多くの動物の命だったのではなく自分の心が救いたかっただけなのである。
やっと、今の仕事場に新しい職員が入ってくる事になった
どっちつかずの中途半端な状況とオサラバ出来るのです
引き継ぎもしないといけないし、やる事いっぱいです
自分では思っていなかったけど、かなりストレスフルで張り詰めていたんだと思います。自分ではどうにも出来ないことだったから、こんな事も思い出したのかなぁなんて
引き継ぎもしないといけないし、やる事いっぱいです 無力では無いにしろ、私は無価値な人間という自己認識はほとんど変わってません。別に卑下している訳でもなく、素直にそう思っています。
だからこそです。
私は、人より一歩余分に踏み込める、斬り込んで行けるのです。捨て身とは概念が違います。守るべきものがないから、死ぬ以外はかすり傷なんです
家族?仮に私が死んでもこの世に生を受けた以上、子ども達は生きていくしかないでしょう。もちろん、自立出来る人間に育てるという親としての責任はあるでしょうが死んだらどうにも出来んし、社会が何とかしてくれるでしょ
それに私が死んだ環境が子どもを強く育てるでしょ。どんな事も力に変えられる。
それに私が死んだ環境が子どもを強く育てるでしょ。どんな事も力に変えられる。 男として生物としての役目は果たしたと言うと嫁には無責任と言われますが(笑)